
はじめに
くも膜下出血後に起こる脳動脈の狭小化は,脳血管攣縮(cerebral vasospasm:VS)として,1951 年に Ecker and Riemenschneider によって記載された。臨床的に意識レベルの低下や,さまざまな神経症候の出現などが,くも膜下出血後 1 週間目ころになって生じるものを遅発性脳虚血障害(delayed ischemic neurological deficits:DIND)とよんでいる。この原因には単に脳動脈の狭小化に伴う脳血流低下だけではなく,その他の多くの因子が関わっていると考えられ,したがって,この両者は区別すべきである。しかし本稿では,特に必要のない限り区別せずに VS と記載した。また,予防法と治療法は別であるが,それもまとめて治療法と記載した。いずれも冗長を避けることが目的で,文脈によってどちらを意味するか,適宜判断して読んでいただければ幸いである。
わが国の破裂脳動脈瘤のクリッピング術は,1950 年代の後半から 60 年代にかけて始められた。1970 年代,マイクロサージェリーの普及とともに,クリッピングそのものの成功率は格段に向上した。しかし,VS は原因不明のままで,未解決の大きな問題として残った。それまでに知られていたことは,(1)脳槽内の凝血塊が原因である,(2)くも膜下出血の程度が強い場合に著明である,(3)血管の狭小化はくも膜下出血例の 60〜70%に起こり, その約半数が神経症候をきたす,(4)VS 発現の直前にクリッピング術を行うと結果が良くない,などであった。
その後,数十年が経過し原因解明のための数々の研究成果が蓄積されたが, なお正確なメカニズムは不明である。多くの治療法が提唱されたが,あるものは時とともに消滅し, またいくつかは現在まで生き残ってきた。
筆者はこの長い間,破裂脳動脈瘤の治療に関わってきて,多くの治療法を学び,実践した。 それぞれの治療法にはそれぞれ個別の思い出がある。最近では, いくつかの治療法の総合的効果とくも膜下出血後の病態のより良い理解が進んだためか, 破裂脳動脈瘤治療における VS の問題は,臨床的重要性がやや低下してきたようにもみえる。
しかし,現在においても決定的な治療法は存在せず,VS はくも膜下出血の予後に重大な影響を及ぼす合併症であることに変わりはない。 そして,より効果的な治療法の探求は依然として続いている。 本稿では,VSの治療の歴史を,さまざまな治療法の出現をたどりながら概観してみた。
1960年代
脳動脈瘤クリッピング術で世界に決定的なインパクトを与えたのは, 1953 年に発表された Norlén and Olivecrona の報告 1) 1)Norlén G, Olivecrona H. The treatment of aneurysms of the circle of Willis. J Neurosurg 1953;10:404−15. であろう。当時,脳動脈瘤手術は,腫瘍の診断で開頭された巨大脳動脈瘤例にまれに行われていた状態で,わが国ではまだ実施されていなかった。彼らの 78 例の報告は最初から破裂予防の目的で行われた手術で,3 週間以後の死亡率は 3%という信じがたい数値であった。 この報告を目にして,当時の脳神経外科医たちは,破裂脳動脈瘤に対するクリッピング手術を現実的な可能性として認識することになったと 想像される。しかし,その報告のなかでそれほど注目されなかった点は, 発症後3週間以内の手術例では死亡率が 53%もあったことである。この大きな理由は VS であったと推定される。
破裂脳動脈瘤の予後に VS がいかに大きな影響を及ぼすかが認識されるようになったのは 1960 年代になってからと思われ,1965 年に出版された Pool and Potts の『脳動脈瘤と脳動静脈奇形』の教科書 2) 2)Pool JL, Potts DG. Aneurysms and arteriovenous anomalies of the brain. New York:Hoeber;1965. では,VS はくも膜下出血後の,治療がほとんど成功しない最も恐るべき合併症として, 10 ページ以上にわたって記載されている。当時の治療としては,VS の原因物質と考えられていたセロトニンに拮抗するレセルピンの投与, 局所投与に使われたパパベリンやレギタンの全身投与,星状神経節ブロック,炭酸ガス,酸素吸入などであった。
治療は暗中模索の状態で,1960 年代の初めころ来日して講演した英国の高名な脳神経外科医が, VS には良質のスコッチウイスキーの服用が有効である,といっていたのを,筆者は記憶している。
1960 年代後半から 1970 年代に入ると,VS のメカニズムの研究が盛んに行われるようになった。 動物実験で露出した脳血管に血液をかけると収縮すること,また針で穿刺するとより持続的な収縮が起こることが明らかになり, 原因物質としては血小板に含まれるなんらかの物質,ことにプロスタグランディン F2αが注目された。しかし,VS は単なる持続的な血管収縮ではなく,血管壁の器質的変化を伴うことも明らかになり, myonecrosis という概念も提唱された。
脳血管に分布する自律神経の関与が注目され,血管周囲に凝血が存在することにより化学的な sympathectomy 状態が出現し,denervation hypersensitivity の機序が関与するとする説も有力であった。 α−アドレナリン受容体拮抗薬(adrenergic receptor antagonist)であるニトロプルシッド,フェノキシベンザミンなどの投与, β−アドレナリン受容体刺激薬としてイソプロテレノールが,キシロカインやアミノフィリンと併用して投与され, ある程度の症例で有効であるとされた。
1970 年代後半は,脳動脈瘤クリッピング術そのものの技術向上に伴い, VS の重要性がより際立ったかたちで認識されるようになった時期である。 VS が解決さえできれば破裂脳動脈瘤の治療成績は格段に向上するであろうという希望のもとに, VS 治療のさまざまな方法が提唱された。
VS による脳虚血症状が血圧に依存して変化することは 1967 年に Farhat の論文 3)3)Farhat SH, Schneider RC. Observations on the effect of systemic blood pressure on intracranial circulation in patients with cerebrovascular insufficiency. J Neurosurg 1967;27:441−5. に記載されていたが,あまり注目されていなかった。1976 年に循環血液量の増加,血圧上昇が効果的であることが,Kosnik and Hunt 4) 4)Kosnik EJ, Hunt WE. Postoperative hypertension in the management of patients with intracranial arterial aneurysms. J Neurosurg 1976;45:148−53. により報告された。当時は待機手術の方針をとる医師も多く,再破裂を恐れて低血圧に維持されることも少なくなかったため, この治療法は新鮮な刺激となり,ちょうどこのころから台頭してきた急性期手術のトレンドに拍車をかける契機となったように思われる。 1977 年には Giannotta ら 5) 5)Giannotta SL, Mcgillicudy JE, Kindt GW. Diagnosis and treatment of postoperative cerebral vasospasms. Surg Neurol 1977;8:286−90. により高血圧(hypertension),循環血液量増加(hypervolemia), 血液希釈(hemodilution)を行う方法が報告された。
1970 年代後半のもうひとつの VS 対策の大きな流れは,急性期手術による凝血除去である。 これには日本の脳神経外科医,なかでも鈴木二郎,佐野圭司,斎藤勇らによる活動の貢献が大きい。 鈴木の論文 6) 6)鈴木二郎,吉本高志.破裂脳動脈瘤の早期手術―特に 48 時間以内の手術―.脳神経外科 1976;4:135−41. は 1976 年に発表されたが,国内ではそれまでに何度も発表を聴く機会があった。 くも膜下出血例を急性期に開頭すると,脳は angry brain といわれる状態で膨隆し,深部に到達することは難しく, また容易に術中再破裂するなどで,急性期手術などは思いもよらない状況であった。 破裂後 48 時間以内に手術するというような発表は大きなインパクトを与えるもので, 待機中の再破裂や VS に悩まされていたわが国の多くの脳神経外科医が, ある種の感動とともに急性期手術の方針を踏襲した。そして,可能なかぎり脳槽内の凝血を洗浄, 除去することに努めた結果,血腫除去の VS 予防効果を実感したのを記憶している。 1970 年代の終わりごろになると,Yasargil など, 欧米の高名な脳神経外科医のなかにも急性期手術の信奉者が現れ始めたが, 一方,Drake など待機手術をよしとする人もあり,学会での激しい論議の対象となった。
VS のメカニズムに関しては 1970 年代に大きな進歩があった。それは原因物質として, オキシヘモグロビンが注目されたことである。この研究は大阪市立大学の太田富雄,長久雅博によって行われ, 長久の学位論文 7) 7)長久雅博.脳血管攣縮の実験的研究―とくに血色素成分の攣縮作用について―.阪市医誌 1975;24:211−21. として 1975 年に大阪市医学会雑誌上に発表された。雑誌の性質上,当初はこの論文の重要性に気づく人は少なく, オキシヘモグロビンが主役であることが世界的に認識されるようになったのは 1990 年ころになってからである。 そして,脳槽内血腫からこの物質をできるだけ早く除くという意味で,手術時還元物質で脳槽を洗浄するということも行われた。
世界的にも 1970 年代は,VS に対する関心が非常な高まりをみせた。 1973 年には VS に関する第 1 回の国際会議が開かれた。 1975 年のアムステルダムでの第 2 回国際会議には筆者も出席し, バルビツレート(barbiturate)療法 8) 8)Hashi K, Tanaka K. Barbiturate coma for severe brain ischemia due to cerebral vasospasm in cerebral arterial spasm. In:Proceeding of the second international workshop. Wilkins RH editor. Baltimore: Williams and Wilkins;1980.p.634−6. について発表したが,当時は全体的に VS に関してはわが国における関心のほうが先行しているような印象を受けた。 この会議の講演録は 1980 年に分厚い単行本として出版された。
| 表1 1970 年代における治療法,関連事項 | ||
| 治療法 | 関連事項 | |
| 1971 | フェノキシベンザミン(Cumino) | |
| 1973 | イソプロテレノール(Sundt) | 第 1 回国際会議(ミシシッピー) |
| 1974 | myonecrosis 提唱(Alksne) | |
| 1975 | 第 2 回国際会議 (アムステルダム) オキシヘモグロビンの関与(太田,長久) |
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| 1976 | ニトロプルシッド(Allen) アミノフィリン(Flamm) hypertension,hypervolemia(Kosnik) 急性期手術(鈴木,佐野) |
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| 1977 | hypertension,hypervolemia,hemodilution (Giannotta) バルビツレート(Hoff) |
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| 1979 | レセルピン,カナマイシン(Zervas) | |
1980年代(表2)
脳保護が目的のバルビツレート療法はいくつかの施設で試みられ,また別の脳保護薬,ニゾフェノンは東京大学の医師により研究され, 1986 年,太田富雄らにより 208 例の臨床試験 9) 9)Ohta T, Kikuchi H, Hashi K, et al. Nizofenone administration in the acute stage following subarachnoid hemorrhage. Results of A multi−center controlled double−blind clinical study. J Neurosurg 1986;64:420−6. が発表された。DIND をきたした症例で, その後に良好な予後となったのは,対照群 41%に対して治療群 84%と有意に多かったという。 しかし両薬剤とも,管理の難しさのためか,その後広く普及するには至らなかった。
わが国では 1982 年,The Mt. Fuji Workshop on CVD の第 1 回で脳血管攣縮の予防と治療が取りあげられ 1985 年には太田富雄により「スパズム・シンポジウム」が設立された。 「スパズム・シンポジウム」は以後,毎年開催されて討議が行われ,講演録が出版されて,VS 研究の進歩に大きな貢献をしている。
平滑筋収縮の生理学的機序の解明が進み,VS におけるカルシウムイオンの関与が注目された。 1983 年には Allen らによりニモディピンの 121 例の臨床試験 10) 10)Allen GS, Ahn HS, Preziosi TH, et al. Cerebral arterial spasm―a controlled trial of nimodipine in patients with subarachnoid hemorrhage. N Engl J Med 1983;308:619−24. の結果が発表された。 3 週間の内服治療で VS の発生頻度は,対照群 33%に対して治療群 27%と有意に低いという結果で, この薬剤はその後欧米では VS の標準的な治療薬となっている。しかし,ニモディピンは現在でもわが国では承認されていない。 わが国では 1983 年にチクロピジンの 135 例の臨床試験 11) 11)水上公宏,北村勝俊,菊地晴彦ほか.脳血管攣縮後の脳梗塞発生に対する抗血小板剤チクロピジンの効果―プラセボとの二重盲検試験.外科診療 1983;25:1189−202. が行われ,VS による死亡が対照群 41%に対して使用群では 18%という結果が報告されている。浅野孝雄ら 12) 12)浅野孝雄,佐々木富男,佐野圭司.脂質過酸化と脳血管攣縮.脳と神経 1981;33:33−46. は VS の発生に脂質過酸化物が関与するという実験結果を示し,佐々木富男ら 13) 13)Sasaki T, Murota S, Wakai S, et al. Evaluation of prostacyclin biosynthetic activity in canine basilar artery following subarachnoid hemorrhage. J Neurosurg 1981;55:771−8. は動脈壁の PGI2産生の低下とトロンボキサン A2の作用増強という機序を提唱した。 TXA2の阻害薬であるオザグレルナトリウムは 1986 年に佐野圭司ら 14)14)佐野圭司,半田肇,鈴木重晴ほか.脳動脈瘤破裂後の脳血管攣縮ならびに 遅発性神経脱落症状に対する Thromboxane 合成酵素阻害薬 OKY−046・Na の有用性―多施設二重盲検試験による検討―. 医のあゆみ 1986;138:455−69. により 258 例の臨床試験結果が報告され,VS の発生は対照群 63%に対して治療群では 41%に減少したという。
VS に炎症機転が関与しているという実験結果があり,ステロイド薬の投与が試みられた。 筆者らはハイドロコーチゾン大量投与の 140 例の臨床試験 15) 15)佐野圭司,半田肇,鈴木重晴ほか.脳動脈瘤破裂後の脳血管攣縮ならびに遅発性神経脱落症状に対する Thromboxane 合成酵素阻害薬 OKY−046・Na の有用性―多施設二重盲検試験による検討―.医のあゆみ 1986;138:455−69. を行い,1 ヵ月目の予後の有意な改善を認めた。 しかし,ステロイド薬はその後,脳神経外科領域において一般的に使用を避ける傾向となり,VS に使用されることも少なくなった。
破裂脳動脈瘤の急性期手術はわが国では大勢となったが,世界ではまだ待機手術の方針をとる人も多かった。 その優劣を判定する目的で,Kassell らにより脳動脈瘤手術のタイミングに関する国際共同研究 16, 16)Kassell NF, Torner JC, Haley EC Jr, et al. The International Cooperative Study on the Timing of Aneurysm Surgery. Part 1:Overall management results. J Neurosurg 1990;73:18−36. 17) 17)Kassell NF, Torner JC, Jane JA, et al. The International Cooperative Study on the Timing of Aneurysm Surgery. Part 2:Surgical results. J Neurosurg 1990;73:37−47. が始められ,わが国の施設は,筆者も含め,多くが参加した。 その結果は,必ずしも急性期手術がすべての場合に最善とはいえないまでも,劣ってはいないという結果であった。 破裂脳動脈瘤が急性期に処理されると,VS 時の脳循環改善のための血圧, 体液管理はもはや脳動脈瘤の再破裂を心配せずに施行することができ,急性期手術はやがて世界の趨勢となった。
1980 年代の前半には,hypertension,hypervolemia,hemodilution という治療法は各種のモニターの標準値などが示された 体系的なシステム 18) 18)Kassell NF, Peerless SJ, Durward QJ, et al. Treatment of ischemic deficits from vasospasm with intravascular volume expansion and induced arterial hypertension. Neurosurgery 1982;11:337−43. として確立された。この方法が標準的治療となっていた当時, 筆者らもドパミンやピトレッシンを使って血圧と体液の維持に努めたことを記憶している。 この方法はトリプル H 療法として VS の有力な治療法となっているが,体液管理による合併症のため, 現在ではより軽いかたちに修正されて使用されることが多い。わが国では hemodilution にアルブミン液を使用する方法が発表されたが, 保険適用が認められず,その後広く普及するには至っていない。
急性期手術による脳槽内血腫の除去と,手術時に脳槽内にチューブを入れ, 術後それを介して積極的に洗浄を行うという方法が 1980 年金子満雄 19) 19)金子満雄,保坂泰昭,古賀博明.重症破裂脳動脈瘤症例に対する超早期手術の経験(発症 8 時間以内の手術) ―特に脳底槽反復洗滌法併用の利点―.Neurol Med Chir(Tokyo)1980;20:915−21. により提唱された。この洗浄が成功した症例では,たとえ術前状態が悪い場合でも高率に良好な予後を示すと報告された。 金子の方法は,チューブにつないだ注射器からリンゲル液を手で注入し,もう 1 本の排液用のチューブから流すというもので, 液注入時に意識障害が起こることがあったりする,多少原始的なものであったが,確かに VS の発生は予防できそうであった。 単にドレナージで血性髄液を排除するのではなく,積極的に洗浄,排液するというアイディアは日本の多くの脳神経外科施設で採用されたが, 注入用,排液用の 2 本のチューブを用いた持続灌流というかたちがとられることが多かった。 持続灌流法はさらに注入液にウロキナーゼや t−PA(組織プラスミノーゲンアクチベータ), あるいはオキシヘモグロビンの酸化を促進するためにアスコルビン酸などを加える試みに進化した。 この方法を採用した児玉南海雄ら 20) 20)Kodama N, Sasaki T, Kawakami M, et al. Cisternal irrigation therapy with urokinase and ascorbic acid for prevention of vasospasm after aneurysmal subarachnoid hemorrhage. Outcome in 217 patients. Surg Neurol 2000;53:110−7. は VS の発生を 5%以下にとどめることができたと報告し,注目された。
1980 年代の中ごろには,急性期手術による脳槽内血腫除去と,それに続く脳槽ドレナージあるいは持続灌流という治療方針は, わが国の破裂脳動脈瘤治療のスタンダードとなった。当時は,筆者も破裂脳動脈瘤の治療に没頭していた時期であり, 重症くも膜下出血でも,両側開頭により徹底的に血腫除去を行い,術後は持続灌流をすることで, VS はほとんど起こらなくできるという感触をもっていた。
1980 年代にはまたまったく新しい治療法として,機械的に攣縮血管を拡張させる balloon angioplasty が,Zubkov ら 21) 21)Zubkov YN, Nikiforov BM, Shustin VA. Balloon catheter technique for dilatation of constricted cerebral arteries after aneurysmal SAH. Acta Neurochir(Wien)1984;70:65−79. により紹介された。1984 年,33 例の VS 例に血管内バルーンによる拡張を行い,85%に良好な結果が得られたことを報告した。 この方法はその後急速に普及し,VS に対する有力な治療法として確固たる地位を獲得するに至っている。
| 表2 1980 年代における治療法,関連項目 | ||
| 治療法 | 関連項目 | |
| 1980 | バルビツレート (Hashi,Kassell,Samson,宮城) 術後脳槽洗浄(金子) |
脂質過酸化物の関与(浅野) |
| 1981 | PGI2,TXA2の関与(佐々木) | |
| 1982 | ニゾフェノン(落合) | 第 1 回 the Mt. Fuji Workshop on CVD TCD による VS 診断(Aaslid) |
| 1983 | ニモディピン(Allen) チクロピジン(水上) 持続灌流(Yoshida) |
two−hemorrhage model(Varsos) |
| 1984 | angioplasty(Zubkov) | |
| 1985 | 第 1 回スパズム・シンポシウム | |
| 1986 | オザグレル(佐野) ニゾフェノン(太田) |
Fisher grade (Fisher) |
| 1987 | protein kinase C の関与(Rasmussen) 第 3 回国際会議(シャーロッツビル)) |
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| 1988 | 持続灌流+アスコルビン酸(児玉) ハイドロコーチゾン(端) |
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| 1989 | エンドセリンの関与(Asano) | |
1990年代(表3)
1980 年代に提唱された治療法の進化とともに,1990 年代にはさらに多くの新しい治療法の提唱が続いた。 1991 年,鈴木一郎 22) 22)鈴木一郎,清水弘之,高橋宏ほか.頭部振盪脳槽灌流法―クモ膜下血腫の新しい洗浄法による脳血管攣縮の予防―.脳卒中の外 1991;19:295−300. は head shaking というアイディアを提唱した。 電気仕掛けのニューロ・シェーカーと称される電動の枕に髄液ドレナージを付けた患者の頭を乗せ,持続的に頭を振ることで, 凝血のドレナージを促進するというもので,それなりに有効であることが示されている。
手術時に 10 mg の t−PA を 10 mL に溶解して脳槽洗浄を行うという方法の 100 例の臨床試験が,1995 年,Findlay ら 23 23)Findlay JM, Kassell NF, Weir BK, et al. A randomized trial of intraoperative, intracisternal tissue plasminogen activator for the prevention of vasospasm. Neurosurgery 1995;37(1):168−76. によって報告された。VS の発生そのものはそれほど差はなかったが,脳槽内に多量の血腫のあった例では, 強度の VS は治療群で 50%以上減少した。しかし,わが国では術後の持続灌流法が主流で, また t−PA が承認されていないこともあって,この方法はあまり普及しなかった。
新たな治療的薬物として 1992 年には,新しいカルシウム拮抗薬で蛋白リン酸化酵素阻害作用のある塩酸ファスジルが登場した。 渋谷正人ら 24) 24)Shibuya M, Suzuki Y, Sugita K, et al. Effect of AT877 on cerebral vasospasm after aneurysmal subarachnoid hemorrhage. J Neurosurg 1992;76:571−7. による 267 例の臨床試験の結果では,血管撮影上の VS は対照群 61%に対して治療群 38%, CT 上の低吸収域出現は 38%対 16%,症候性 VS は 50%対 35%,VS のために予後不良となる患者は 26%対 12%と減少した。 この薬剤は,現在わが国では標準的な治療法として多くの施設で使用されている。
また,1992 年にはパパベリンを細い血管内カテーテルを通して動脈内に投与する方法が報告されている。Kaku ら 25) 25)Kaku Y, Yonekawa Y, Tsukahara T, et al. Superselective intra−arterial infusion of papaverine for the treatment of cerebral vasospasm after subarachnoid hemorrhage. J Neurosurg 1992;77:842−7. によれば,バルーンによる血管拡張を行いえない細い攣縮血管 37 本中,34 本で動脈の拡張が得られ, 10 例中 8 例で症状改善がみられたという。1999 年には塩酸ファスジルの動脈内投与 26) 26)Tachibana E, Harada T, Shibuya M, et al. Intra−arterial infusion of fasudil hydrochloride for treating vasospasm following subarachnoid haemorrhage. Acta Neurochir(Wien)1999;141:13−9. も報告され, 15〜60 mg の投与で 24 本中 16 本で拡張が,症候があった 3 例中 2 例が改善したという。 この薬剤はパパベリン動脈内投与に比べて副作用が少ないので,現在でも使用される機会が多い。 transcranial doppler 法による VS 診断が普及したことにより,VS が症状を呈する前に発見できるようになり, 早めに血管形成術(angioplasty)や薬剤の動脈内投与などの治療が開始され,VS による死亡や重度の後遺症は 1990 年代には明らかに減少し始めた。
1992 年に離脱型コイルによる脳動脈瘤の塞栓術 27) 27)Guglielmi G, Viñuela F, Duckwiler G, et al. Endovascular treatment of posterior circulation aneurysms by electrothrombosis using electrically detachable coils. J Neurosurg 1992;77:515−24. が報告されて以来,塞栓術はクリッピングと並んで脳動脈瘤の代表的治療法となった。 1997 年,塞栓術で治療された破裂脳動脈瘤の VS 発生率が,クリッピング術に比べて必ずしも多くはなく, むしろ少ないと報告された 28) 28)Murayama Y, Malisch T, Guglielmi G, et al. Incidence of cerebral vasospasm after endovascular treatment of acutely ruptured aneurysms:report on 69 cases. J Neurosurg 1997;87:830−5. これは,それまで急性期手術で懸命に脳槽内血腫除去を行ってきた脳神経外科医には,すぐには信じられないことであった。 しかし,その後同様な観察が続いている。これは手術操作による脳,脳血管への侵襲が VS を起こりやすくしていること, また形が保たれたくも膜下腔が脳槽内血腫の自然吸収に有利である,などによるものであろう。 その後,2003 年に塞栓術後腰椎部からマイクロカテーテルを大槽に留置し, ウロキナーゼの注入とドレナージを行うという 110 例の臨床試験 29) 29)Hamada J, Kai Y, Morioka M, et al. Effect on cerebral vasospasm of coil embolization followed by microcatheter intrathecal urokinase infusion into the cisterna magna:a prospective randomized study. Stroke 2003;34:2549−54. が報告され,症候性 VS は 8.8%に減少したという。
| 表3 1990 年代における治療法,関連項目 | ||
| 治療法 | 関連項目 | |
| 1990 | 第 4 回国際会議(東京) | |
| 1991 | head shaking(鈴木) | |
| 1992 | 塩酸ファスジル(渋谷) パパベリン動注(Kaku) |
コイル塞栓術(Guglielmi) |
| 1993 | 第 5 回国際会議(エドモントン) | |
| 1995 | 術中 t−PA 洗浄(Findlay) | |
| 1997 | 第 6 回国際会議(シドニー) | |
| 1999 | 塩酸ファスジル動注(Tachibana) | |
2000年以降(表4)
2000 年に入ると,わが国の VS 治療の実態はしだいに変化した。クリッピング術の場合には,急性期手術を行うにしても, 脳組織や血管を損傷する可能性が生じるほどの徹底した脳槽内血腫除去は行わず,術後の持続灌流もあまり行われなくなった。 一方,きめ細かな全身管理で循環血液量を十分に保ち,血圧は低くならないように維持する,予防的薬剤として塩酸ファスジル, オザグレルなどを投与する,などである。塞栓術の場合には,腰椎部から髄液ドレナージを行い,場合に応じてウロキナーゼ注入を行う, というような方法が一般的となった。
VS 発生のモニターは TCD や MRA で行い,治療としては angioplasty,続いてパパベリンあるいは塩酸ファスジルの動脈内投与が行われる。 2005 年の栗田ら 30) 30)栗田浩樹,塩川芳昭,藤井清孝.脳血管攣縮の現状―2005 年前向き集計中間報告―.脳卒中の外 2006;34(suppl):17−20. によるわが国の代表的な施設の 902 例の集計では,DIND の発生は開頭術で 21.7%,塞栓術で 17.9%, DIND に続いて CT 上脳梗塞を生じた割合は開頭術で 15.6%,塞栓術で 9.7%とかなり低下している。
いくつかの新しい治療法が開発されている。Kasuya ら 31) 31)Kasuya H, Onda H, Takeshita M, et al. Efficacy and safety of nicardipine prolonged−release implants for preventing vasospasm in humans. Stroke 2002;33:1011−5. はニカルジピン 4 mg を含有した徐放性ペレットを作成し,手術時に血管周囲に複数個留置するという方法を報告している。 重症度がさまざまなくも膜下出血の連続した 20 例に行い,血管撮影上 VS を認めたのは 1 例のみであったという。
ニカルジピンの動脈内投与では,VS を呈した 44 本の動脈に対して 0.5〜6 mg を投与した結果, 副作用はなく,すべてにおいて血管拡張がみられ,42%の患者で臨床症状の改善があったという報告32) 32)Badjatia N, Topcuoglu MA, Pryor JC, et al. Preliminary experience with intra−arterial nicardipine as a treatment for cerebral vasospasm. AJNR Am J Neuroradiol 2004;25(5):819−26. がある。動脈内投与はこのほかにも,ベラパミル 33) 33)Feng L, Fitzsimmons BF, Young WL, et al. Intraarterially administered verapamil as adjunct therapy for cerebral vasospasm:safety and 2−year experience. AJNR Am J Neuroradiol 2002;23(8):1284−90. ,ニモディピン 34) 34)Biondi A, Ricciardi GK, Puybasset L, et al. Intra−arterial nimodipine for the treatment of symptomatic cerebral vasospasm after aneurysmal subarachnoid hemorrhage:preliminary results. AJNR Am J Neuroradiol 2004;25(6):1067−76. ,cAMP特異的な分解酵素阻害薬のミルリノン 35) 35)Arakawa Y, Kikuta K, Hojo M, et al. Milrinone for the treatment of cerebral vasospasm after subarachnoid hemorrhage:report of seven cases. Neurosurgery 2001;48:723−8. などでも効果があったと報告されている。
2005 年に,エンドセリン受容体拮抗薬であるクラゾセンタンの 32 例の初期臨床試験 36) 36)Vajkoczy P, Meyer B, Weidauer S, et al. Clazosentan(AXV−034343), a selective endothelin A receptor antagonist, in the prevention of cerebral vasospasm following severe aneurysmal subarachnoid hemorrhage:results of a randomized, double−blind, placebo−controlled, multicenter phase IIa study. J Neurosurg 2005;103:9−17. 結果が発表された。血管撮影上の VS の軽減,脳梗塞発生の抑制効果が示され期待されたが,最近発表された 413 例の臨床試験 37) 37)Macdonald RL, Kassell NF, Mayer S, et al. Clazosentan to Overcome Neurological Ischemia and Infarction Occurring After Subarachnoid Hemorrhage(CONSCIOUS−1). Randomized, double−blind, placebo−controlled phase 2 dose−finding trial. Stroke 2008 Aug 7:Epub ahead of print. の結果では,15 mg/時の高用量投与群で,血管撮影上の VS は対照群 66%に対して 23%と減少したが, 予後などの臨床的指標には有意な変化は得られなかったという。
硫酸マグネシウムは古い薬剤であるが,その VS 発生の予防効果を 249 例で検討した臨床試験 38) 38)Boet R, Mee E. Magnesium sulfate in the management of patients with Fisher Grade 3 subarachnoid hemorrhage:a pilot study. Neurosurgery 2000;47:602−7. があり,DIND は対照群 23%に対して治療群 17%,予後不良例の有意な減少がみられたという。しかし,他の報告 39) 39)Muroi C, Terzic A, Fortunati M, et al. Magnesium sulfate in the management of patients with aneurysmal subarachnoid hemorrhage:a randomized, placebo−controlled, dose−adapted trial. Surg Neurol 2008;69(1):33−9. では効果は小さく,副作用のため集中治療室管理が必要であるとするものもある。
2005 年に注目すべき進展があった。それはスタチンに VS の予防効果があるというもので,39 例のくも膜下出血例を, シンバスタチン 80 mg を投与した群と対照群に分けた場合,VS は投与群で有意に少なく 19 例中 5 例,対照群では 20 例中 12 例であったという報告 40) 40)Lynch JR, Wang H, McGirt MJ, et al. Simvastatin reduces vasospasm after aneurysmal subarachnoid hemorrhage:results of a pilot randomized clinical trial. Stroke 2005;36:2024−6. である。同様なシンバスタチンの有効例の報告は,最近発表された39 例の臨床試験 41) 41)Chou SH, Smith EE, Badjatia N, et al. A randomized, double−blind, placebo−controlled pilot study of Simvastatin in aneurysmal subarachnoid hemorrhage. Stroke 2008 Jul 24:Epub ahead of print. で,VS による梗塞は,治療群では 19 例中 2 例に対して対照群では 20 例中 5 例であったと記載されている。 スタチンの有効性がどのような機序によるものかは明らかではないが,新しい方向として将来が期待されている。しかし,2008 年の Kramer らによる 150 例の報告] 42)42)Kramer AH, Gurka MJ, Nathan B, et al. Statin use was not associated with less vasospasm or improved outcome after subarachnoid hemorrhage. Neurosurgery 2008;62(2):422−7. では,そのうち 71 例がスタチン投与を受けていたが,VS の発生,予後とも投与されていない症例群と有意な差はなかったという。
| 表4 2000 年以降における治療法,関連項目 | ||
| 治療法 | 関連項目 | |
| 2000 | 硫酸マグネシウム(Boet) | |
| 2001 | ミルリノン動注(Arakawa) | 第 7 回国際会議(インターラーケン) |
| 2002 | ベラパミル動注(Feng) ニカルジピン・ペレット(Kasuya) |
第 1 回国際会議(ミシシッピー) |
| 2003 | 塞栓術+大槽ドレナージ (Hamada) |
第 8 回国際会議(シカゴ) |
| 2004 | ニカルジピン動注(Badjatia) ニモディピン動注(Biondi) |
|
| 2005 | クラゾセンタン(Vajkoczy) スタチン(Lynch) |
|
| 2006 | 第 9 回国際会議(イスタンブール) | |
おわりに
VS は,さまざまな要因が複合して発生する複雑な病態であるといわれている。そして,そのメカニズムはいまだ完全に解明されていない。 しかし,筆者が破裂脳動脈瘤治療の過程で,VSに四苦八苦していた 1970,1980 年代に比べると,現在の脳神経外科医は VS の治療を眼の色を変えて論議するというようではない。 VS はなおくも膜下出血の予後に大きな影響をもつ合併症ではあるが,長い期間にわたる戦いで徐々に外堀を埋められ,かなり勢いが衰えてきたようにみえる。今後,どれほどの時間がかかるか予測することはできないが, われわれの戦いの完全な勝利はそう遠くないのではないか,というような気がする。そのときが楽しみである。
文 献
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