
歴史的概観
動脈硬化病巣にコレステロールの沈着が 20 世紀初頭に見いだされて以来,コレステロールと動脈硬化との関係が注目されるようになった。 フラミンガム調査をはじめとする疫学的研究により,動脈硬化の危険因子が明らかにされ, なかでも高コレステロール血症は主要な冠危険因子であるとされるようになった1)1)Kannel WB, Castelli WP, Gordon T, McNamara PM. Ann Intern Med 1971;74:1−12.。動物実験により,コレステロール負荷が高コレステロール血症から動脈硬化を引き起こすことが示された。そこで動脈硬化の予防と治療のためには,血中コレステロール値を低下させることが必要であり,それを目標とした食事療法が行われるようになった。
1950 年代は,血清脂質の測定が普及し,血清脂質異常症が高コレステロール血症,低コレステロール血症,高中性脂肪血症,低中性脂肪血症,高リン脂質血症,低リン脂質血症などに分類された。血清脂質の異常は,先天性と続発性に分けられ,続発性では肝疾患,腎疾患,内分泌疾患などさまざまな病態で血清脂質の変動が観察される。脂質代謝障害で臓器に脂質が蓄積してくる疾患はリピドーシスとして区別されてきた。病態時の脂質代謝異常の診断の目的と,動脈硬化危険因子の診断,急性膵炎の予防,黄色腫の原因診断などで血清脂質の測定が行われるが,なかでも動脈硬化危険因子評価が目的とされることが多い。
血清脂質の増加した状態は高脂質血症(hyperlipidemia)とされ,中性脂肪(トリグリセライド)が増加して血液が白濁した状態が脂血症(lipemia)として区別された。血清脂質異常症のなかでもコレステロールとトリグリセライドの増加が動脈硬化の進行と関連することから,高脂血症としてまとめられるようになった。
血清脂質値に及ぼす食事因子が横断的地域別に調査された(7 ヵ国調査:Seven Countries Study)2)2)Keys A, Menotti A, Karvonen MJ, Aravanis C, Blackburn H, Buzine R, et al. Am J Epidemiol 1986;124:403−15.。その結果,高コレステロール食,高脂肪食,低食物繊維食などが血清脂質の増加(高脂血症)を引き起こす要因であり,動物性食品の摂取を控え,植物性食品の摂取をすすめる食事療法が行われるようになった。
1960 年代に電気泳動法でリポ蛋白分画が容易にできるようになると,高脂血症がどのリポ蛋白分画で増加しているか観察されるようになり,高リポ蛋白血症として分類されるようになった。主要なリポ蛋白としてカイロミクロン(CM),VLDL,IDL,LDL などが取り上げられ,増加しているリポ蛋白の組み合わせで I 型から VI 型までの表現型に分類され3)3)CFredrickson DS, Levy RI, Lees RS. N Engl J Med 1967;276:34−44, 94−103, 148−56, 215−24, 273−81.,現在も食事療法に利用されている。高トリグリセライド血症の場合,CM が増加していると脂肪摂取量を減らし,VLDL が増加していると糖質摂取量を減らすように指導する。
HDL が注目されるようになったのは 1970 年代に入ってからである。1975 年 Miller により4)4)Miller GJ, Miller NE. Lancet 1975;1:16−20.,ついで 1977 年フラミンガム調査5)5)Gordon T, Castelli WP, Hjortland MC, Kannel WB, Dawber TR. Am J Med 1977;62:707−14.などいくつかの疫学調査結果が報告され,低 HDL コレステロール血症は独立した動脈硬化危険因子であることが明らかにされた。低 HDL コレステロール血症の臨床的意義が認められるようになり,最近は hyperlipidemia(高脂血症)を含めた dyslipidemia が使われることが多くなった。dyslipidemia はこれまで“異脂肪血症”,“脂質異常血症”などと訳されていたが,日本動脈硬化学会では“脂質異常症”とよぶことにした。脂質代謝障害で,臓器に脂質が沈着する病態は“リピドーシス”として区別され,特異的な治療が行われる。
血清総コレステロール(TC)を測定して得られていた大規模疫学調査のエビデンスは,TC の 7,8 割を占めている LDL コレステロールないし non−HDL コレステロールの影響を評価していたと考えられる。non−HDL コレステロールと HDL コレステロールとの比率[(TC−HDL コレステロール)/HDL コレステロール]は動脈硬化指数とよばれ,動脈硬化のリスク評価に用いられた。動脈硬化の予防・治療のためには,TC 値を低下させるのではなく,HDL コレステロール値を増加させて,LDL コレステロール値を低下させることが必要であるが,まだ TC 値で動脈硬化のリスクを評価して,診療の指標とされることがあるので,改められなければならない。
脂質異常症の食事療法における脂肪酸とコレステロール
脂肪酸には,飽和脂肪酸,一価不飽和脂肪酸,多価不飽和脂肪酸があり,各脂肪酸摂取量の違いが血清脂質濃度に影響することが知られている。Seven Countries Study などの疫学的研究から,摂取エネルギーの多くを炭水化物から摂取している地域と比較すると,動物性脂肪,特に飽和脂肪酸の摂取量の多い地域で TC 値が高く,虚血性心疾患の死亡率が高率であると報告された6)6)Keys A. Circulation 1970;41:1−211.。動物性脂肪に対して,植物性脂肪には多価不飽和のリノール酸が多く含まれ,TC 値の低下にリノール酸の摂取がすすめられるようになった。飽和脂肪酸(S)と多価不飽和脂肪酸(P)を摂取したときの TC 濃度に及ぼす影響について,Keys は以下のような“キースの式”を提案した7)7)Keys A, Anderson JR, Grande F. Metabolism 1965;14:776−87.。
TC=2.16S−1.65P+6.77C−0.53
Hegsted も同様に“ヘグステッドの式”を考案した8)8)Hegsted DM, McGrundy RB, Myers ML, Stare FJ. Am J Clin Nutr 1965;27:281−95.。
TC=1.3(2S−P)+1.5
S は食事エネルギー中の飽和脂肪酸エネルギー比率,P は食事エネルギー中の多価不飽和脂肪酸エネルギーの比率,C は 100 mg/日に対するコレステロール摂取割合である。
一価不飽和脂肪酸であるオレイン酸は,炭水化物と同等にコレステロール値に影響しないか,飽和脂肪酸に置き換えて摂取させると TC 値が低下することが報告され9)9)Mattson FH, Grundy SM. J Lipid Res 1985;26:194−202.,オレイン酸を多く含有するオリーブ油が推奨されるようになった。飽和脂肪酸のなかでもステアリン酸は,ミリスチン酸やパルミチン酸と違い,LDL コレステロール値の上昇作用はないとされる。脂肪酸の種類により,脂肪酸摂取時の血漿リポ蛋白分画に及ぼす影響が異なることが報告されている(図1)10)10)Patrono C, Garcia Rodriguez LA, Landolfi R, et al. N Engl J Med 2005;353(22):2373−83.。ミリスチン酸はパルミチン酸よりLDL コレステロール上昇作用が強いが,HDL コレステロール増加作用も強いことが示されている。LDL コレステロールの低下を目的に,ミリスチン酸やパルミチン酸などの飽和脂肪酸を制限すると,HDL コレステロールの低下を招くこともある。
トランス型脂肪酸(トランス脂肪酸)は,シス型脂肪酸と逆転したパターンの効果が示されている(図1)。同じ一価不飽和脂肪酸でも,トランス−18:1 のエライジン酸はシス−18:1 のオレイン酸とは逆に,LDL コレステロールを上昇させ,HDL コレステロールを低下させる。トランス型脂肪酸は飽和脂肪酸より,さらに動脈硬化を促進させると考えられている。Seven Countries Study では,トランス型脂肪酸の摂取量と TC 値は有意に相関し(r=0.70,p<0.01),25 年間の冠動脈性心疾患の死亡率とも有意な相関(r=0.78,p<0.001)のあることが報告されている11)11)Kromhout D, Menotti A, Bloemberg B. Prev Med 1995;24:308−15.。トランス型脂肪酸の摂取量を制限することが望ましいとされ,欧米諸国の食事摂取基準では摂取エネルギーの 2%以内にするように推奨されている12)12)Unsaturated Fatty Acids Nutritional and Physiological Significance:The Report of the British Nutrition Foundation's Task Force. London:Chapman & Hall;1997.。
最近,世界保健機関(WHO)では摂取エネルギーの 1%以内にすることが望ましいとされ,食品中のトランス型脂肪酸含有量の表示が厳しくなった。米国成人では,トランス型脂肪酸の摂取量は 1 日 2.6%である。わが国では,日本人の食事摂取基準(2005 年版)のなかで,“欧米諸国の研究で,トランス型脂肪酸摂取量の増加は虚血性心疾患のリスクを高めるとの報告があるが,日本人での摂取量や,各摂取レベルにおける安全性については未知である”と記述されている13)13)厚生労働省.日本人の食事摂取基準(2005 年版).第一出版;2005.。わが国では,一般にトランス型脂肪酸の平均的摂取量は 1%以内とされているが,なかにはトランス型脂肪酸含有量の多い,加工油脂食品を多く摂取している人もいるので,注意する必要があると考えられる。トランス型脂肪酸含有量の多い食品を食品 100 g あたりでみると,ショートニング(13.6 g),マーガリンやファットスプレッド(7.0 g),クリーム類(3.02 g),バター(1.95 g),ビスケット類(1.8 g),食用調合油等(1.4 g),マヨネーズ(1.24 g),ラードや牛脂(1.24 g)など多くの油脂を含有する食品に含まれている。トランス型脂肪酸の 1 日あたりの摂取量を 2〜3 g 以下に抑えるようにすすめる。
脂肪酸のなかでも,脂質異常症の治療に推奨されるのは n−3 系多価不飽和脂肪酸(n−3 脂肪酸,ω3 脂肪酸)である。魚摂取量が多いと冠動脈性心疾患による死亡率が低いことが知られていたが,魚に多く含有されている n−3 脂肪酸が注目されるようになったのは,グリーンランドイヌイットでの研究による。グリーンランドイヌイットは高脂肪食で,TC 値が高いにもかかわらず,冠動脈性心疾患による死亡率が低い。その理由として,n−3 脂肪酸の摂取量が多く,その血中濃度が高いと,冠動脈疾患発症率を低下させると考えられた14)14)Dyerberg J, Bang HO. Lancet 1979;2:433−5.。その後,多くの疫学的研究で,n−3 脂肪酸摂取量が多いと冠動脈性心疾患の発症率が低下することが明らかになった。n−3 脂肪酸にはα−リノレン酸,EPA(エイコサペンタエン酸),DHA(ドコサヘキサエン酸)などがあり,魚油には主に,EPA と DHA が含まれている。
日本人の食事摂取基準(2005 年版)では,虚血性心疾患の予防のために目標量を定め,18〜49 歳の男性は 1 日 2.6 g 以上,女性は 2.2 g 以上,50〜69 歳男性は 2.9 g 以上,女性は 2.5 g 以上,70 歳以上では,男性 2.2 g 以上,女性 2.0 g 以上を推奨している13)13)厚生労働省.日本人の食事摂取基準(2005 年版).第一出版;2005.。わが国では,EPA を用いた大規模疫学試験(JELIS:Japan EPA Lipid Intervention Study)が行われた15)15)Yokoyama M, Origasa H, Matsuzaki M, Matsuzawa Y, Saito Y, Ishikawa Y, et al. Lancet 2007;369:1090−8.。コレステロール低下薬のスタチンで治療中の患者 18645 例のうち 9326 例に EPA 1.8 g/日を投与し平均 4.6 年間観察したところ,冠動脈疾患のイベント発生率が 19%低下した。EPA のトリグリセライド低下作用,血小板凝集抑制作用,血管内皮細胞保護作用などが関係していると考えられる。
『虚血性心疾患の一次予防ガイドライン』では,脂肪エネルギー比は 20〜25%に,脂肪酸摂取バランスに配慮することとしている16)16)日本循環器学会等合同研究班.虚血性心疾患の一次予防ガイドライン.J Circ J 2001;65(Suppl V):999−1076.。脂肪酸バランスとして,“飽和脂肪酸:一価不飽和脂肪酸:多価不飽和脂肪酸=3:4:3”,n−6/n−3 比を 3〜4 とするように推奨している。
コレステロールの 1 日摂取量は,欧米諸国では 300 mg 以内に抑えるようにすすめられている。日本人の食事摂取基準(2005 年版)では,目標量として男性は 650 mg 未満,女性は 600 mg 未満が推奨されている。日本動脈硬化学会の『動脈硬化性疾患予防ガイドライン2007 年版』では,300 mg 以下とし,高 LDL コレステロール血症が高度であれば 200 mg に制限することがすすめられている17)17)動脈硬化性疾患予防ガイドライン 2007 年版.日本動脈硬化学会;2007.。
食事療法におけるエネルギー摂取,食物繊維,蛋白質,糖質,抗酸化物
脂質異常症の食事療法の基本のひとつは適正体重の達成とその維持である。主要冠危険因子に肥満は入れられていない17)17)動脈硬化性疾患予防ガイドライン 2007 年版.日本動脈硬化学会;2007.。しかし,特にメタボリックシンドロームでは,上流病態として内臓脂肪型肥満があげられている。脂質異常症で肥満を伴っている場合には,適正体重を達成するように食事指導を行う。基礎代謝に個人差があるので,個人の体質を考慮してエネルギー制限食などをすすめる。肥満をもたらしやすい遺伝子多型の解析も進められている。
高エネルギー食品の摂取量が過剰にならないようにするとともに,脂肪や糖質の吸収を抑制したり,吸収を遅らせる食品成分も合わせて摂取する。食物繊維,特に水溶性食物繊維,難消化性でんぷん,難消化性蛋白質を含む食品を選択する。炭水化物では,全穀粒を選び,果糖や砂糖などが過剰にならないようにする。果糖や砂糖の含有量の多い清涼飲料水の摂取を控える。
病態に応じて,脂肪,炭水化物,蛋白質の摂取割合を加減する必要がある。エネルギー摂取量を制限する場合には,低脂肪食,低炭水化物食,高蛋白食が考慮される。食後過血糖などをみるインスリン抵抗性が合併している場合には低 glycemic index(グリセミック指数:GI)食もすすめられる。グリセミック指数とともにグリセミック負荷(glycemic load:GL)の影響も観察され,女性では冠動脈疾患の発症との関連性が特に肥満者でみとめられるが18)18)Beulens JWJ, de Bruijne LM, Stolk RP, Peeters PHM, Bots ML, Grobbee DE, et al. J Am Coll Cardiol 2007;50:14−21.,男性では関連がみとめられず,男性では GL と脳出血との関連性が報告されている19)19)Levitan EB, Mittleman MA, Hakansson N, Wolk A. Am J Clin Nutr 2007;85:1521−6.。炭水化物の量と質,および他の食品との組合わせは,対象者によりテーラーメイド方式で考慮することが必要である。
メタボリックシンドロームの病態に酸化ストレスが関係し,炎症反応が病態の進行要因となっていること,活性酸素により血管内皮細胞障害が発生し動脈硬化病変を進行させることなどから,抗酸化物の摂取がすすめられる16)16)日本循環器学会等合同研究班.虚血性心疾患の一次予防ガイドライン.J Circ J 2001;65(Suppl V):999−1076.。ビタミン E,ビタミン C,β−カロテンなど抗酸化ビタミンを用いた介入試験では,虚血性心疾患の予防効果は確認されていない20)20)Vivekananthan DP, Penn MS, Sapp SK, Hsu A, Topol EJ. Lancet 2003;361:2017−23.。しかし,抗酸化物の欠乏症や,野菜や果物など抗酸化物を含有する食品摂取が不足している群では動脈硬化性心血管疾患発症率が高率であることから,ポリフェノール類やミネラル,蛋白質を含めて,適量をバランス良く摂取していくことがすすめられると考える。
文献
1)Kannel WB, Castelli WP, Gordon T, McNamara PM. Ann Intern Med 1971;74:1−12.
2)Keys A, Menotti A, Karvonen MJ, Aravanis C, Blackburn H, Buzine R, et al. Am J Epidemiol 1986;124:403−15.
3)Fredrickson DS, Levy RI, Lees RS. N Engl J Med 1967;276:34−44, 94−103, 148−56, 215−24, 273−81.
4)Miller GJ, Miller NE. Lancet 1975;1:16−20.
5)Gordon T, Castelli WP, Hjortland MC, Kannel WB, Dawber TR. Am J Med 1977;62:707−14.
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7)Keys A, Anderson JR, Grande F. Metabolism 1965;14:776−87.
8)Hegsted DM, McGrundy RB, Myers ML, Stare FJ. Am J Clin Nutr 1965;27:281−95.
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11)Kromhout D, Menotti A, Bloemberg B. Prev Med 1995;24:308−15.
12)Unsaturated Fatty Acids Nutritional and Physiological Significance:The Report of the British Nutrition Foundation<CODE NUM=00D5>s Task Force. London:Chapman & Hall;1997.
13)厚生労働省.日本人の食事摂取基準(2005 年版).第一出版;2005.
14)Dyerberg J, Bang HO. Lancet 1979;2:433−5.
15)Yokoyama M, Origasa H, Matsuzaki M, Matsuzawa Y, Saito Y, Ishikawa Y, et al. Lancet 2007;369:1090−8.
16)日本循環器学会等合同研究班.虚血性心疾患の一次予防ガイドライン.J Circ J 2001;65(Suppl V):999−1076.
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18)Beulens JWJ, de Bruijne LM, Stolk RP, Peeters PHM, Bots ML, Grobbee DE, et al. J Am Coll Cardiol 2007;50:14−21.
19)Levitan EB, Mittleman MA, Hakansson N, Wolk A. Am J Clin Nutr 2007;85:1521−6.
20)Vivekananthan DP, Penn MS, Sapp SK, Hsu A, Topol EJ. Lancet 2003;361:2017−23.