REPORT 第71回日本循環器学会学術集会ランチョンセミナー
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Frank Weidemann氏
ファブリー病の診断と治療
第71回日本循環器学会学術集会(会長:横山光宏氏・神戸大学教授,2007 年3 月15 〜 17 日・神戸)において,遺伝性疾患であるファブリー病の講演が行われた(座長:鄭忠和氏・鹿児島大学教授)。演者のヴュルツブルグ大学のFrank
Weidemann 氏は酵素補充療法による早期の治療介入の必要性を述べた。
ファブリー病(Anderson−Fabry disease)は遺伝性疾患であり,厚生労働省の特定疾患治療研究事業対象疾患に指定されている難病である。いわゆる,リソソーム蓄積症(lysosomal
storage disease)の一種であり,X 染色体上にあるαガラクトシダーゼA(α−GAL)遺伝子の異常により,α−GAL活性が不足あるいは欠損し,これにより細胞内のリソソーム中に分解されないグロボトリアオシルセラミド(GL−3)を主とするスフィンゴ糖脂質が蓄積することでさまざまな症状がひきおこされる(
図1)。典型的な症状としては若年時の脳梗塞,左室肥大,発汗減少,腎障害,腹痛,被角血管腫,四肢末端痛などがあげられる。X
連鎖劣性遺伝のため,発症する患者はヘミ接合体となる男性に多く認められるが,ヘテロ接合の女性においても,ライオニゼーションにより酵素活性が低下し症状が発現することがある。
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座長:鄭 忠和氏
ファブリー病の治療には,不足しているα−GALを補うことにより,GL−3の蓄積を防ぐ酵素補充療法(Enzyme Replacement Therapy; ERT)が近年行われるようになってきた。わが国では2004年4 月にα−GAL製剤アガルシダーゼβ(ファブラザイム®)が保険適応となり,臨床で用いられるようになっている。
2007 年3 月に神戸で行われた日本循環器学会において,前年に引き続きドイツ・ヴュルツブルグ大学のFrank Weidemann 氏により,ファブリー病についての講演が行われた(座長:鄭忠和氏:鹿児島大学)。
Weidemann氏はストレイン・レートを用いた心機能解析で多くの業績を残しており,現在はその手法を用いたファブリー病患者の予後予測を検討している。
図1 α−ガラクトシダーゼA の欠損によりグロボトリアオシルセラミドが蓄積する

ファブリー病患者では左室肥大,線維化が進んでいる
ファブリー病患者の予後はけっしてよいとはいえない。Macdermot KD らによれば(J Med Genet 2001; 38: 750−60),健常男性と比べて,ファブリー病の男性患者では35
歳くらいから死亡が多くなり,20 年程度予後が短くなる(
図2)。ファブリー病にERTを行うということは,
図2の「ファブリー病患者の生命予後ラインを,もう一度健常人のラインに近づける」試みを行うことだとWeidemann氏はいう。
ファブリー病患者では,心臓の症状として左室肥大,上室性および心室性不整脈,冠動脈疾患を有する場合が多い。そのため,日本および世界で左室肥大例や心筋症例を対象とした疫学調査が行われてきた。
そのもっとも初期の調査の一つが日本人の左室肥大男性患者230 例を対象とした,中尾らによる報告だ(N Engl J Med 1995; 333: 288−93)。それによれば230
例の左室肥大症例のうち,7 例(3 %)がファブリー病であった。
一方,イギリスの肥大型心筋症(最大左室壁厚13mm以上)男性患者で検討したSachdev Bらの報告によれば,40 歳以上で発症した遅発性の肥大型心筋症では,ファブリー病が6.3
%と,40 歳未満で発症した例の1.4 %よりも多くみられた(Circulation 2002; 105: 1407−11)。
また,ファブリー病患者における左室肥大の程度をみたLinhart A らの論文によれば,左室重量係数が加齢に正比例,α−GAL活性の対数に逆比例することが示された(Am
Heart J 2000; 139: 1101−8)。年齢が高くなるほど,酵素活性が落ちるほど左室肥大が進行しているということだ。左室駆出率の低下も危惧されるが,ファブリー病においてはあまり低下しておらず60
%台であるとする報告が多い(Am Heart J 2000; 139: 1101−8.
J Am Coll Cardiol 2002; 40: 1668−74. Circulation 2003; 107: 1978−84. Circulation
2003; 108: 1299−301)。
Weidemann氏は心臓の収縮時,拡張時の局所の変化速度をあらわすストレイン・レートを用いて,ファブリー病患者51 例の心機能評価を行った(
図3)。すなわち,左室肥大の有無,線維化の有無,性別によってストレイン・レートおよび予後に違いがあるかの検討を行い,左室肥大,線維化がある男性では,縦方向,横方向の心機能が低下し,予後も悪化していた(Eur
Heart J 2005; 26: 1221−7)。ストレイン・レートは加齢によっても低下し,ファブリー病患者でみた場合,男性のほうが女性よりも低下速度が速い(
図4)(データ未発表)。
図2 Kaplan-Meier生命表によるファブリー病男性患者の累積生存率

ファブリー病男性患者の累積生存率中央値は50歳であり,健常人よりも20歳低下している。ファブリー病男性患者では35歳から低下がはじまる。
(J Med Genet 2001; 38: 750−60.)
図3 性別, 左室肥大, 線維化によるファブリー病患者層別化の臨床アルゴリズム

横方向,縦方向の心機能を半定量的に示した。 矢印の強さは対照と比較したストレイン・レートに基づいている。 左室機能は女性で肥大,線維化の認められない左側の集団から,男性で肥大,線維化の認められる右側の集団の方向に進行性に悪化している(大きな矢印で示した)。

は収縮時ストレイン・レートでみて正常な心機能,

は側壁のみで縦方向の機能が減少,

は中隔, 側壁(縦方向)もしくは下外側壁(横方向)で中等度の機能低下,


は中隔および側壁(縦方向)もしくは下外側壁(横方向)の重度の機能低下を示す。
(Eur Heart J 2005; 26: 1221−7.)
図4 ファブリー病症例のストレイン・レートと年齢の相関(未発表)

酵素補充療法の導入
では,心臓に症状の出ているファブリー病患者に対してはどのようにアプローチすべきなのだろうか。Weidemann氏は対症療法と,ERTに分けて解説した。
対症療法においては「アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬が非常に重要」だとWeidemann氏は述べている。高血圧を有するファブリー病にはACE阻害薬が有効であり,さらには,ファブリー病では腎障害も懸念されるが,ACE阻害薬の腎保護作用が期待されると述べた。また,冠動脈疾患がある場合にはβ遮断薬が推奨される。また,スタチンが肥大型心筋症に有効であるとの報告もあり,ファブリー病にも効果がある可能性があると述べた。
一方,ERTの有用性をもっとも早く報告したのはEng らによる2001 年の論文だ(N Engl J
Med 2001; 345: 9−16)。アガルシダーゼβによるERT 群とプラセボ投与群で比較したところ,ERTを行った群では心臓,腎臓,皮膚,毛細血管内皮細胞でGL−3
の蓄積が20 週で有意に減少したが,プラセボ群では減少しなかったと報告した。
日本においてもERTの効果を検討したところ,アガルシダーゼβ 1mg/kg の隔週投与により20週後には血清中のGL−3 の平均濃度は3.9 ng/μLから0.2ng/μLへと顕著な減少を示した。さらには痛みの緩和やSF−36によるQOLの改善が示され,安全性も確認されている(J
Inherit Metab
Dis 2005; 28: 575−83)。
また,2007 年になり,最長35 か月にわたって追跡された第4 相二重盲検比較試験の結果が公表された(Ann Intern Med 2007; 146:
77−86)。この試験では腎障害を有するファブリー病患者をERT群(51 例)とプラセボ群(31 例)に割り付け,臨床イベント(腎,心臓,脳イベントおよび死亡)発症までの時間を一次評価項目として検討している。患者は16
歳以上で,α−GAL 活性が1.5 nmol/時/血漿mLもしくは4 nmol/時/白血球蛋白mg未満,ERTの経験がなく,次の腎障害のあるものとした。すなわち,血清クレアチン値が1.2
mg/dL 以上3.0mg/dL 未満,もしくは
1.2mg/dL 未満でクレアチニンクリアランスが1.33mL/秒の中等度腎障害。透析例や腎移植予定などは除外されている。
その結果,ERTを受けた群では臨床イベント発症までの時間が改善される傾向がみられた(ハザード比0.47,95 %信頼区間0.21−1.03,p =0.06)(
図5)。最も顕著に改善されたのは腎機能であり,開始時の蛋白尿で補正しても,ERTが有効である傾向は変わらなかった。また,開始時の腎機能がよい方が,ERTの治療効果が顕著であり,悪化している場合にはプラセボ群との差が見られなかった。Weidemann
氏は「この結果はERTをできるだけ早くはじめるべきだという非常に重要なメッセージだ」と述べた。
ERTが左室機能の改善や左室重量の低下に有効であることはすでに示されている。しかし,late
enhancement の有無によって,ERTによる左室重量の低下に差があることをBeer らは明らかにしている(Am J Cardiol 2006; 97:
1015−8)。late
enhancement のある例でERTを行った場合,左室重量は改善傾向を示すにとどまっているが,
late enhancement のない場合には左室重量は有意に改善された。すなわち,心筋の線維化が進んでいる場合においてはERTの有効性を十分に発揮できないということになる。そのため,治療開始時にはMRIによって心筋の状態を確認す
ることが望ましいが,ペースメーカの使用などによりMRIが行えないときには,ストレイン・レートにより判断できることもWeidemann氏は示した。
図5 臨床イベント初発までの時間の解析

破線は臨床イベント初発までの時間のKaplan-Meier推定をあらわす。
実線はCox回帰分析に開始時の尿蛋白−クレアチニン比を係数として加え,補正したもの。
intention-to-treat 解析結果で示しており,アガルシダーゼβの補正後のハザード比は0.47(95%信頼区間0.21−1.03; p=0.06)であった。
(Ann Intern Med 2007; 146: 77−86.)
酵素補充療法の安全性と治療開始時期
このようにファブリー病へのERTの有効性は明らかにされているが,いつから治療を開始するべきなのだろうか。
2003 年にまとめられた海外でのファブリー病の診断・治療に関するガイドラインでは,男性では痛みや蛋白尿,左室肥大などの臨床徴候が見られたらすぐに,女性においても臓器障害を認める場合にはERTを開始すべきであるとしている(Ann
Intern Med 2003; 138: 338−46)。Weidemann氏はこの推奨には若干の疑問があるという。「女性の方の推奨は遅すぎると思います。女性でも,男性同様に臨床徴候がみられたらERTを開始すべきだと思います」。
Weidemann氏の典型的なERT実施方法はこうだ。2 週間毎に問診,検査のあと体重1kg当たり1mgのアガルシダーゼβを2.5 時間から4 時間かけて静注。また定期的に抗体検査をかねて血液検査を行う。必要に応じてパラセタモール,
抗ヒスタミン薬を投与する。
心臓に関するモニタリングとしては標準12 誘導心電図,ホルター心電図,心エコーおよびストレイン・レート解析,運動負荷試験,MRIを毎年行っているという。
氏はこれまでに1000 回以上のERTを行ってきているが,ERTの副作用としては疲労感,硬直,悪寒,めまい,運動失調などがあったものの,重篤な副作用はなく,安全性の高い治療法であると述べている。ERTは長期にわたって行わなければならず,安全性の担保が最も重要と述べた。また,ファブリー病は遺伝性疾患であり,心臓以外にも腎,脳,皮膚,胃腸,眼などに症状を呈するため,さまざまな領域の専門家によって,よりよい診断法と治療法が検討されなけ
ればならない点を最後に強調した。