REPORT  第10回国際先天代謝異常学会
腎領域でのファブリー病の治療アプローチ
Robert J. Desnick氏,成田一衛氏
Robert J. Desnick氏
酵素補充療法へのレニン・アンジオテンシン系抑制薬の併用効果
2006年9月に行われた,第10回国際先天代謝異常学会においてDavid G. Warnock氏(アラバマ大学)により,ファブリー病の治療に関する講演が行われた(座長:衞藤義勝氏・東京慈恵会医科大学)。氏は,酵素補充療法とともに,レニン・アンジオテンシン系抑制薬(ACE阻害薬/ARB)を併用することによる腎保護の可能性とその問題点を指摘した。

ファブリー病では腎臓のあらゆる細胞にグロボトリアオシルセラミドが蓄積する
Robert J. Desnick氏,成田一衛氏
座長:衞藤義勝氏
 ファブリー病(Anderson−Fabry disease)はリソソーム蓄積病の一種である。厚生労働省の特定疾患治療研究事業対象疾患に指定されている難病であり,X染色体上にあるαガラクトシダーゼA(α−GAL)遺伝子の異常により,α−GAL活性が不足あるいは欠損し,これにより細胞内のリソソーム中にα−GALによって分解されるべきグロボトリアオシルセラミド(GL−3:スフィンゴ糖脂質の1種)が蓄積し,さまざまな症状がひきおこされる。このファブリー病の治療は,従来,各症状への対応が主であったが,不足しているα−GALを補うことにより,GL−3の蓄積を防ぐ酵素補充療法(ERT:enzyme replacement therapy)が近年行われるようになってきている。日本では2004年4月にα−GAL製剤アガルシダーゼβ(ファブラザイム®)が保険適応となり臨床で用いられるようになっている。
 古典的ファブリー病は四肢末端の疼痛にはじまり,末梢神経症状,腎不全,心疾患を引きおこすが,心ファブリー病,腎ファブリー病など,心臓や腎臓に限局した症状を呈する場合もある。
 未治療のファブリー病患者の腎臓を検討した論文では,GL−3はほぼすべてのタイプの細胞,すなわち傍尿細管毛細血管内皮細胞,糸球体内皮細胞,細動脈内皮細胞,血管平滑筋細胞,メサンギウム細胞,間質細胞に蓄積していることがThurbergらにより報告されている(Kidney Int 2002; 62: 1933−46.)。彼らはERTによりこれらの細胞から,GL−3が消失することを確認した(表1)。
 しかし,腎障害は一般に不可逆性に進行するとされている。このようにGL−3を消失させることは腎機能を改善することにつながるのだろうか。
 2006年9月に行われた,国際先天代謝異常学会においてDavid G. Warnock氏(アラバマ大学)はERTによる腎ファブリー病の治療戦略について述べたので,ここでその概要を報告する。
表1 腎臓の各細胞にGL−3が蓄積するが5か月間の酵素補充療法によって消失する
表1
GL−3蓄積がゼロ(スコア)となった症例の比率。プラセボとα−GALのGL−3クリアランスをスコア化し比較。5か月後の数値はスコアがゼロとなった症例の比率。カッコ内はスコアが減少した症例の比率をあらわす。
(Thurberg BL, et al. Kidney Int 2002; 63: 1933−46より改変して引用)
酵素補充療法により,ファブリー病を治療可能なCKDの原因としてとらえることが可能に
 近年,慢性腎臓病(CKD)の概念が注目されてきている。
 CKDは米国腎臓財団により策定されたKidney Disease Outcome Quality Initiative(K/DOQI)のガイドラインのなかではじめて定義された概念である。これは2004年に発表された国際的組織であるKDIGO(Kidney Disease Improving Global Outcome)のガイドラインでも踏襲され広く用いられるようになってきた(Kidney Int 2005;67: 2089−100)。CKDはGFR(糸球体濾過値)が60mL/分/1.73m2未満,もしくは尿検査,血液検査値,画像診断などによって腎障害の存在の証明ができる場合のいずれかが3か月以上継続している病態,と定義されている。また,重症度によりステージ分類されているが(表2),このステージ分類の導入によって,不可逆性変化を伴う場合が多い腎疾患に対して,腎不全への移行を予防する観点から,重症度に応じた治療を提唱することが可能になったとされている。
 ファブリー病患者の自然歴を報告した論文では,患者の50%は35歳までに,さらに52歳までに100%の症例で蛋白尿を発症する。またファブリー病における腎障害は,進展が早いことが知られており,Brantonらによれば,CKD発症から,末期腎症にいたる平均期間は4±3年であり,GFRの平均低下速度は−12.2mL/分/年である(Branton et al. J Am Soc Nephrol 2002; 13: s139−43)。
 Warnock氏によれば,ファブリー病のもっとも顕著な特徴はCKDと蛋白尿である(Advances in Chronic Kidnet Dis 2006;13: 138−147)。後述するERTの腎機能改善効果を踏まえて,ERTによって『ファブリー病はCKDの治療可能な原因のひとつとなった』と述べている。
表2 KDIGOのCKDのステージ分類
表2
(Levy et al. Kidney Int 2005; 67: 2089−100.より改変して引用)
ERTによる腎機能改善例
 Warnock氏は,講演の最初に,De Shoen-makereらにより報告された,重症の古典的ファブリー病症例を紹介した(Nephrol Dial Transplant 2003; 18: 33−5.)。
 患者は36歳男性,治療開始時から5年間はクレアチニンクリアランスはほぼ一定して−6.4mL/分/年の割合で低下し,38.9mL/分になった。この5年目にファブラザイムが使用可能のとなったため70mg隔週投与のERTを開始し,19か月投与を続けた結果,腎機能の低下率は−2.2mL/分/年に改善された(図1)。
 健常人においてもGFRは30歳以降,年間1mL/分ずつ低下するといわれている(高血圧治療ガイドライン2004,日本高血圧学会)。Warnock氏はこのように進展した症例においては,「GFRを正常値に戻ることを期待するのは現実的ではなく,この患者においては至適アウトカムが達成されたといえる」と述べた。
図1 アガルシダーゼ製剤の投与により,腎機能の低下が顕著に減弱した
図1
(Nephrol Dial Transplant 2003; 18: 33−5)
レニン・アンジオテンシン系抑制薬の併用による腎保護効果
 では,どのような症例においても,ERTが奏効するのだろうか。Warnock氏はデータ未発表の第4相試験を紹介した(Ann Intern Med. 2006年12月オンライン発表)。この試験ではGFR 80mL/分/1.73m2未満の82症例を,プラセボと実薬に割り付け,さらにGFR 60mL/分/1.73m2超(プラセボ9例,実薬18例)と60mL/分/1.73m2未満(プラセボ22例,実薬33例)に振り分けて検討している。すなわち,CKDのステージ2とステージ3の境界である。
 その結果,GFR 60mL/分/1.73m2超のグループでは,プラセボ群で−5.09mL/分/年の低下度であったのに対し,実薬群では−1.51mL/分/年の低下にとどまり,GFRに有意な効果がみられた(p=0.0088)。一方,GFR 60mL/分/1.73m2未満の群では,GFRの低下に有意差はみられなかった(プラセボ−3.02mL/分/年,実薬群−4.20mL/分/年,p=0.136)。GFR 60mL/分/1.73m2未満のより重症の腎障害を有するファブリー病患者に対してERTは有効ではないのだろうか。
 Warnock氏は「GFR 60mL/分/1.73m2がERTの限界とは考えにくい」とし,蛋白尿に着目して考えるべきかもしれないと述べている。
 蛋白尿と腎障害の関係は,発現した蛋白尿による腎障害への影響のメカニズムと,蛋白尿自体の発現するメカニズムの両面から考える必要がある。蛋白尿の発現はレニン・アンジオテンシン(RA)系阻害薬によって,低下させることができることが報告されている(図2,N Engl J Med. 1996; 334: 939−45)。また,アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬,アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)単独よりも,ACE阻害薬/ARB併用が,腎保護効果に優れていることも報告されている(Kidney Int 2003; 1094−103, Lancet 2003; 361: 117−24)。さきにのべたDe Shoenmakereらの症例ではRA系阻害薬が投与されており,これが有効であった可能性がある。Warnock氏の経験した43歳男性症例においては,ACE阻害薬リシノプリルとARBロサルタンを,ERTに併用することでGFRの低下を抑制している(図3)。
 腎障害を有するファブリー病患者の管理においては,ERTに加えてRA系阻害薬の併用が有用かもしれないが,一方で課題もあるとWarnock氏は述べた。ファブリー病のとくに男性患者は,比較的血圧が低い場合が多いからだ。RA系抑制薬は降圧薬として頻用されており,血圧の低い腎障害患者への適応に関してはデータが少ない。氏の経験でも,RA系抑制薬の使用によってGFR 60mL/分/1.73m2未満の5症例では尿蛋白が1.99g/日の症例が0.47g/日に低下しているが,同時に,血圧は113mmHg/62mmHgと,一般的な降圧目標値よりもさらに下降している。ERTとRA系抑制薬の併用は腎障害を発現しているファブリー病患者に有効であるが,どこまで血圧を下げても大丈夫なのかは見定めなければならないとした。
 会場から「ACE阻害薬単独での治療とERTを比較した試験はあるのか」との質問があったが,氏はそのような試験はなく,また倫理面からも行うべきではないとした。RA系抑制薬の効果はERTとの併用によるものであり,考えられる試験としてはERTとERT+RA系阻害薬の腎障害患者を対象とした治療比較であると述べた。
図2 ACE阻害薬による蛋白尿抑制効果
図2
(N Engl J Med 1996; 334: 939−45)
図3 酵素補充療法に対するACE阻害薬とARB併用効果
図3
(Curr Opin Nephrol Hypertens 2005; 14: 87−95)
糖鎖の違いが効果に影響を及ぼす
 α−GAL製剤にはヒト線維芽肉腫細胞由来のアガルシダーゼαと,CHO(チャイニーズ・ハムスター卵巣)細胞にて発現させたアガルシダーゼβがある。酵素製剤の有効投与量は,比活性,標的臓器での取り込みによって異なってくる。この2製剤はアミノ酸組成に違いはほとんどなく,免疫学的には同一である。しかし,糖鎖含有量に違いがあり(表3),この違いが標的臓器の細胞での取り込みに影響すると考えられている。酵素製剤は各組織に運搬され,リソソームに運搬されなければならない。ファブリー病での標的組織(心臓,腎臓など)を含めた全身の各組織ではマンノース−6−リン酸(M6P)受容体パスウエーを経由して取り込まれる。アガルシダーゼβのM6P残基はアガルシダーゼαの倍量含有されているため,これらの組織を標的とした場合にはアガルシダーゼβがよりリソソームに到達しやすいとされている。
表3 アガルシダーゼ製剤の糖鎖含有量
表3
単位:mol/mol protein
(Sakuraba H et al. J Hum Genet 2006; 51: 180−8.より改変して引用)
女性のファブリー病へのアプローチ
 最後に座長の衞藤氏より「日本では250例のファブリー病患者が確認されており,そのうち60例は女性です。女性例でのERTの有効性についてお聞きしたい」とWarnock氏に質問した。ファブリー病はX染色体連鎖劣性遺伝であるため,女性と男性ではその症状の発現に差があるためだ。
 Warnock氏は「女性でもERTに対する抗体が産生される場合があり,この抗体が投与された酵素にどのように影響を与えるのか明確にされていません。しかしながら,女性は頻度は低いものの症状が出た場合には男性同様,重度の腎障害を来しますので,そのような場合にはERTを行うべき」と述べた。
 女性例に対するERTも含め,今後,国内でのファブリー病の治療ガイドラインの策定が望まれる。
Column 「ライソゾーム病外来」を設置した名古屋セントラル病院

 リソソーム蓄積症であるファブリー病やゴーシェ病に対する酵素補充療法(ERT)が,その症状を軽減させることは多くの試験で示されている。では,実際の臨床ではどのように行われているのだろうか。  
  たとえば,ファブリー病患者では体重1kgあたり1gのαガラクトシダーゼ製剤ファブラザイムを0.5mL/分を超えない注入速度で投与しなければならないとされている。つまり,その投与には3時間から4時間かかることになる。これが外来で行われている。このように長時間かかるERTではあるが,まれな疾患であるため(ファブリー病患者は日本国内で約300例,ゴーシェ病は100例),多くの施設では,1−2症例のフォローにとどまり,やむをえず処置室の一画で行っている。
 このようななかで名古屋セントラル病院では,国内でははじめてリソソーム蓄積症に特化した「ライソゾーム病外来」を2004年からスタートさせ注目を集めている。
 名古屋セントラル病院はJR東海総合病院から名称を変え,新築・移転し2006年7月に開院した病院。JR名古屋駅から歩いて10分のところにある。200床の病院であるが,ゆったりとした造りになっている。

患者は個室で酵素補充療法:チーム医療でバックアップ
 「当院では比較的患者数が多かったこともありライソゾーム病外来をスタートさせました」と名古屋セントラル病院血液内科の坪井一哉氏。
 現在の患者数はゴーシェ病とファブリー病,ポンペ病をあわせて21人。ゴーシェ病ではイミグルセラーゼ,ファブリー病ではαガラクトシダーゼをいずれも2週間毎に投与しなければならない。
「ERTは2週間に1回,2時間から4時間かかる治療ですから,患者さんにはできるだけ快適に過ごしていただけるように」と坪井氏は語る。
 ゴーシェ病では肝臓,脾臓,ファブリー病では心臓,腎臓をはじめ皮膚などに症状にあらわれる。名古屋セントラル病院では,それぞれの部門の担当医師と,治療およびケアの標準経過を検討し,クリティカルパスを作成した。
 また,薬剤部,情報システム管理部と連携し,電子カルテで各疾患治療薬と患者の疾患の関連づけを行い,誤った薬剤は投与できないシステムを作り上げている。担当薬剤師は無菌製剤室にて点滴の調剤,混注を行いそれを2名の薬剤師でチェックする。
 設備の面では「外来化学療法室/回復室」を設置し,4部屋の個室で,酵素補充療法を行えるようにしている。治療中は専任の看護師が待機しており,点滴や状態の観察を行っている。ERTの前に採血を行うと,終了時には結果がわかるという。外来患者はそれぞれの診療科で診察後,この回復室でERTを受ける。個室内にはテレビ,エアコンがあり,患者は飲食物をもって入ることができる。
 「治療効果と患者の日常生活をできる限り維持した上で安全性の向上をはかる」ために,医師,看護師,薬剤師などによるこのようなチーム医療が必要なのだと坪井氏は語った。

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  1. ライソゾーム病外来の専任看護師。左から玉腰さん,山崎さん,山田さん。
  2. 血液内科の坪井一哉氏。名古屋セントラル病院のライソゾーム病外来の常勤医師でもある。
  3. 名古屋セントラル病院のエントランス。広い空間である。
  4. 名古屋セントラル病院。JR名古屋駅から徒歩10分の距離にある。
  5. 外来化学療法室/回復室入口
  6. ライソゾーム病外来の患者用個室,テレビ,エアコンがあり,寛ぐことができる。右は癌の外来化学療法室のスペース。
  7. エアーシュートで検体を検査室に送る。ERT中に検査結果がわかる。
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