REPORT 第70回日本循環器学会学術集会ランチョンセミナー
Frank Weidemann氏
心ファブリー病:その診断と治療
早期の治療介入が必要
第70回日本循環器学会学術集会(会長:岐阜大学・藤原久義教授,2006年3月24日〜26日:名古屋)において,心肥大,心不全を呈する遺伝性疾患のファブリー病に関する講演(座長:鹿児島大学・鄭 忠和教授,演者:ヴュルツブルグ大学・Frank Weidemann氏)が行われ,酵素補充療法による早期の治療介入の必要性が述べられた。

 ファブリー病(Anderson−Fabry disease)は遺伝病であり,厚生労働省の特定疾患治療研究事業対象疾患に指定されている難病である。いわゆる,リソソーム蓄積症(lysosomal storage disease)の一種であり,X染色体上にあるαガラクトシダーゼA(α−GAL)の遺伝子異常により,α−GAL活性が不足あるいは欠損し,これにより細胞内のリソソーム中に分解されないグロボトリアオシルセラミド(GL−3)などのスフィンゴ糖脂質が蓄積することでさまざまな症状がひきおこされる。
 名古屋で行われた日本循環器学会において,ドイツ・ヴュルツブルグ大学のFrank Weidemann氏により,自身の研究からえられた知見をもとにファブリー病についての講演が行われた(座長:鹿児島大学・鄭 忠和教授)。
 古典型のファブリー病では,神経症状,皮膚症状,脳血管障害,腎障害,心障害などが出現するが,「心障害のみを認める非古典型のファブリー病がまれではなく存在し,この一群に対して『心ファブリー病』という疾患概念が提唱されている」(鄭教授)。
 ファブリー病の治療として,不足しているα−GALを補うことにより,GL−3の蓄積を防ぐ酵素補充療法が近年行われるようになってきた。わが国では2004年4月にα−GAL製剤アガルシダーゼベータ(ファブラザイムィ)が保険適応となり,臨床で用いられるようになっている。ドイツを含むEU諸国では2001年よりアガルシダーゼベータによる治療がスタートし,Weidemann氏は100例以上のファブリー病の治療経験を有している。
左室肥大の男性の3%が心ファブリー病
鄭 忠和氏
 先に述べたようにファブリー病の主な症状としては,発汗低下などの皮膚症状,脳梗塞や腎症状,消化器症状,心不全などの心症状など多岐にわたっている。
 ファブリー病の日本における頻度はまだ明らかではない。しかし,心ファブリー病については鹿児島大学のグループの調査では,左室肥大のある男性の3%が心ファブリー病であった。また,その他の疫学調査によると,イギリスでは肥大型心筋症男性の4%,イタリアでは肥大型心筋症女性の12%が心ファブリー病と報告されている。すなわち原因不明の左室肥大症例では,ファブリー病を鑑別する必要がある。
 診断方法については,本症はX連鎖劣性遺伝であるため男性と女性では異なることが多い。遺伝子検査によって確定診断をすることができるが,男性のファブリー病では,酵素活性を測定することのみでもファブリー病を診断することができる。しかし,女性では酵素活性が低下しない場合も多く,男性血縁者の家系調査から判明する場合が多いという。
 ファブリー病では電顕的には心筋細胞のリソソームに層状構造を有する封入体の蓄積がみられる。形態学的には左室心筋のみならず,右室心筋や乳頭筋も肥大するとされている。また,心ファブリー病では左室の後側壁に限局的に菲薄化がみられることがある。
左室駆出率にはあらわれない心機能の低下
 心機能についてみると,ファブリー病では左室機能の重要な指標の一つである左室駆出率が60%程度と正常である場合でも,組織ドプラーエコーにてlateral mitral annulus velocityをみると,左室肥大の有無にかかわらず,対照群に比して有意に低下していることがPieroniらの研究により明らかにされている(Circulation 2003; 107: 1978−84)。
●ストレイン・レートによる評価
 Weidemann氏らは最大収縮期ストレイン・レート(収縮・拡張時の心臓局所運動の変化の速度を示す)を用いて,ファブリー病患者51例で左室肥大の有無,線維化の有無,男女の別によって,心室の縦方向と横方向の機能を評価した(Eur Heart J 2005; 26: 1221−7)。
 それによれば,ファブリー病であっても,左室肥大がなく線維化が認められない女性では,縦方向の機能は側壁のみで障害されているものの,横方向の機能は正常であった。一方,左室肥大があり,線維化の認められる場合は,男女ともに縦方向,横方向の機能が著明に低下していた(図1)。
 この対象症例のうち,20歳未満の女性の症例は4例であったが,いずれの症例でも左室肥大,線維化は認められず,縦方向,横方向の機能ともに正常であった。すなわち,若年で女性であれば,ファブリー病であっても,症状としてあらわれることはまれである。一方,死亡2例はいずれも男性で,線維化,左室肥大が認められ,縦方向,横方向の機能が著明に低下していた。
●心電図上の変化
 また,ファブリー病においては多様な心電図異常や不整脈を認める。Shahらによれば,ファブリー病患者では発作性心房細動や持続性心室頻拍などの不整脈が30−35歳から出現し,年齢とともに発症比率は増加する(Am J Cardiol 2005; 96: 842−6)。そのため,末期患者においては植え込み型除細動器(ICD)が必要となることがある。
図1 性別,左室肥大,線維化によるファブリー病患者層別化の臨床アルゴリズム
図1
横方向,縦方向の機能を半定量的に示した。 矢印の強さは対照と比較したストレイン・レートに基づいている。 左室機能は女性で肥大,線維化の認められない左側の集団から,男性で肥大,線維化の認められる右側の集団の方向に進行性に悪化している(大きな矢印で示した)。
は収縮時ストレイン・レートでみて正常な心機能,は側壁のみで縦方向の機能が減少,は中隔, 側壁(縦方向)もしくは下外側壁(横方向)で中等度の機能低下,は中隔および側壁(縦方向)もしくは下外側壁(横方向)の重度の機能低下を示す。
(Eur Heart J 2005; 26: 1221-7)
ファブリー病の治療
 従来,ファブリー病や心ファブリー病には決め手となる治療法はなかった。高血圧,心肥大,心不全が認められることからACE阻害薬やβ遮断薬,Ca拮抗薬が用いられてきた。しかし,これらの治療は発現した症状を軽減するものの,原因であるGL−3の蓄積を改善するものではない。
 2001年,α−GAL製剤アガルシダーゼベータの投与により,GL−3蓄積を改善する酵素補充療法の有用性に関するエビデンスがEngらにより報告された(N Engl J Med 2001; 345: 9−16)。Engらは58例のファブリー病患者をアガルシダーゼベータ投与群とプラセボ群に分け,20週間追跡した。その結果,実薬群では著明なGL−3のクリアランスがみられた(図2)。
 このような効果はα−GAL製剤で共通しているものの,その程度は同等ではない。組換えα−GAL製剤である,アガルシダーゼアルファとアガルシダーゼベータをファブリー病モデルマウスに投与した研究では,α−GAL活性は野生型と同程度まで上昇した(図3)。しかし,高用量投与では2剤に顕著な効果の違いがみられ,アガルシダーゼベータはアガルシダーゼアルファに比して有意に酵素活性を上昇させた(J Hum Genet 2006; 51: 180−8)。
 Weidemann氏らは,このようなアガルシダーゼベータの効果が左室肥大患者の心機能にどのように影響するのかを検討した。16例のファブリー病患者にアガルシダーゼベータを1年間投与し,拡張末期の左室後壁の厚さと,心筋重量の変化をみた(Circulation 2003; 108: 1299−301)。その結果,左室後壁の厚さは開始時の13.8±0.6mmから11.8±0.6mmに有意に減少,また心筋重量も201±18gから180±21gへと有意な改善効果を示した(図4)。
図2 アガルシダーゼベータ投与20週後における心筋のグロボトリアオシルセラミドのクリアランス
図2
(N Engl J Med 2001; 345: 9-16より作図)
図3 ファブリー病マウスへのアガルシダーゼアルファおよびアガルシダーゼベータの効果
図3
アガルシダーゼアルファおよびベータそれぞれ0.5,3.0mg/体重kgをファブリー病マウスの血管より投与,2時間後に解剖し心臓におけるαガラクトシダーゼの活性をみた。同時に投与を受けていない,野生型マウス,ファブリー病マウスの酵素活性も調べられた。
(J Hum Genet 2006; 51: 180-8)
より早期の治療開始が有効
 では,酵素補充療法はファブリー病による心肥大では,どのような時点においても同様の効果を示すのだろうか。
 Weidemann氏は未発表データから心肥大の進行度による有効性の違いを示した。
 ファブリー病の患者を試験開始時の左室肥大の程度によって3群に分けて,アガルシダーゼベータの効果を3年にわたって観察した。「その結果,左室後壁厚が11.5mm未満の正常例では,3年間肥大化を起こさず,正常なままであった。左室後壁厚11.5mm−13.5mmの軽度肥大の患者群では2年後には左室肥大が寛解した。一方,左室後壁厚13.5mm超と重度の左室肥大の患者群では,1年後に壁厚は減少したものの,その後は横ばいになり,肥大が寛解することはなかった(図5)」と述べた。このことから,Weidemann氏は,進展した左室肥大では酵素補充療法の効果は限られたものになるため,より早期からの治療開始が推奨されるとした。
 また,酵素補充療法の副作用としては,悪寒,治療後疲労感,発熱を伴わないふるえなどがあったが,忍容性に影響する重篤なものはなく,治療脱落例はなかった。
 以上から,「酵素補充療法によって,(1)左室後壁厚が治療開始1年で減少すること,(2)心室の局所心機能が改善することが示された。一方で線維化の進んだ例には有効ではなかった」とまとめた。
図4 酵素補充療法開始12ヵ月後の拡張末期後壁厚および心筋重量の変化
図4
(Circulation 2003; 108: 1299-301より作図)
空
図5 心肥大と3年間の酵素補充療法の治療効果
図5
(Weidemann氏 未発表データ)
10歳の男子では治療を開始
 講演をうけて,フロアからいくつかの質問があった。まず,ファブリー病の病期の診断や治療開始時期の決定において留意すべきことは何かとの質問に,「治療開始時には綿密な診断が必要です。ファブリー病の早期の段階にいるのか,末期の段階なのかを明らかにすべき」と答えた。しかし,男性症例では,どのような段階でも治療を開始すべきであるとした。
 また,実際の症例をもとにした質問もでた。ファブリー病の母親をもつ,透析治療をうけている10歳の男子では酵素補充療法をはじめるべきかとの質問に,「女性では,いつから酵素補充療法を行うべきかについては,明らかになっていません。しかし,男性で,ファブリー病と確定できているのであれば,できるだけ早く治療を開始すべき」であるとした。線維化が進んでしまっては改善しえないからだ。
 気になるのはやはり予後である。酵素補充療法によって,長期予後は改善するのであろうか。しかし,予後については「長期のフォローアップができていないため回答できない」とした。今後のより長期間の研究の報告がまたれる。継続的な治療となるため,経済面からの考慮も必要であると述べた。
▲このページの一番上へもどる

〔 ファブリー病のトップページへ 〕

Circulation Forum
トップページへ