EBM REPORT Heart Failure No.3 2003 慢性心不全の診療と血漿BNP濃度/猪又孝元

 心不全の全体像を包括的にとらえるために,臨床現場における血漿BNP濃度の活用法をここに提案する。
 心不全領域におけるBNPには,診断ツールと治療ツールの2つの意義がある。ここでは主に診断ツールとしてのBNPについて解説する。
 BNPにより慢性心不全の重症度を診断したり,予後を推測したりすることについては,以前から報告がなされている13)。そこで,BNPが実際に慢性心不全治療・管理において適正化の指標として使えるかどうかについて検討した。

●入院管理におけるBNPガイド下心不全治療
 BNPが入院管理に使えるかどうかを検討する前段階として,まず心不全による入院患者の退院時の神経体液性因子としての血中ホルモン値(BNP,ANP,NE,PRA,アルドステロン)を退院後の再入院群と非再入院群とで比較したところ,BNPのみ有意差をもって違いが認められた。

 そこで非再入院群の退院時BNP値が平均160pg/mLであることに着目し,退院時にBNP値が200pg/mLを切っていれば再入院をかなり防げるのではないかという仮説のもとに,BNPガイド下治療を展開した。ただしBNPが高値を示す場合の薬物療法の強化方法については,特に一定の基準は設けなかった。

 BNPガイド下治療の有効性を検討するにあたり,同治療を導入した1998年11月以後とその2年前とで患者背景には有意差はなかった。なお,BNPガイド下管理にそぐわない大動脈弁狭窄症,閉塞性肥大型心筋症は検討から除外した。

 BNPガイド下治療開始後わずか2年弱の間に,心事故率は有意に減少した(図1)。退院後1年間の再入院率に限ると,ガイド下治療の導入によりその率は半減するという驚くべき結果が出た。実際,BNPガイド下治療期での退院時のBNP値はほぼ目標値(206±225pg/mL)に達していた。この間の使用薬剤を後ろ向きにみると,経口強心薬の使用頻度が明らかに減少し(18.9%→7.2%),β遮断薬の使用頻度が増加していた(26.4%→40%)。またACE阻害薬は,使用頻度は変わらないが投与量が明らかに増加していた(enalapril換算量3.9±2.2→5.3±3.8mg/日)。

 以上より,入院継続下でBNP値が200pg/mL未満になるまで薬物療法を強化することで,従来の管理法に比して退院後の心事故率は有意に減少すると考えられる。BNPガイド下治療は,見かけ上はよくなっていて従来なら「これでもう退院でよいでしょう」という状態の心不全症例をあえて層別化し,さらなる治療強化の必要性を判断する欲張りな治療ともいえる。言い換えれば,BNPは退院段階など心不全管理安定期の患者において,その真価を発揮するのである。なお,薬物療法の強化については,いずれも大規模臨床試験の結果に基づき,可能かつ有利な選択を行うことを現時点では考えるしかない。BNPが高値である場合の具体的対処法の最適化は,今後の課題である。

●外来管理におけるBNPガイド下心不全治療
 次に,外来管理におけるBNPの意義について2つの検討を行った。

 まずは,経時的なBNPの漸増傾向が近未来の心事故発症を予測しうるかどうかについての検討である。

 対象は2002年度1年間に当科外来にかかった心不全患者108例。観察期間中の心不全発症は18例で,安定期平均BNP値は約140pg/mL,7割がNYHA II度であった。BNP測定は平均2ヵ月に1回の外来受診時に毎回行われた。BNPの漸増傾向により心不全増悪が予見できた症例は,全18例のうちわずか5例のみであった。

 次に,外来安定期におけるBNP基礎値が近未来の心事故発症を予測するかどうかについての検討である。

 対象は拡張機能障害24例と収縮機能障害47例。収縮機能障害の代表的疾患である拡張型心筋症の場合,遠隔期入院群と非入院群とでは,明らかに安定期のBNP値に違いが認められ,その境界は200pg/mL付近と設定できた。一方,拡張機能障害を示す患者では,そのような傾向は認められなかった(図2)。

 以上より,大学病院や大病院のような診察間隔のあいた外来診療では,BNP値の経時的変化から近未来の心事故発症の予測を立てるのは困難であることが予想される。しかし,心収縮機能障害例に限り,外来安定期のBNP値は近未来の心事故発症を予想しうると思われ,安定期の基礎値が200pg/mL以上の収縮機能障害例ではなんらかの治療強化を考慮すべきと思われる。

●疾患および形態的特異性によるBNPの個別化
 BNP値が決定される要因には壁ストレス,心室肥大,神経体液性因子といった心要因と,加齢,腎機能障害,貧血といった心外要因があるが,ここでは心要因について検討する。

 日常診療現場では「非常に元気なのにBNP値だけがなぜか非常に高い」という症例に遭遇することがある。当科でのそのような症例を抽出してみると,なんと全員が肥大型心筋症であった。ただし,肥大型心筋症ならみなBNP値が高いというわけではない。BNP低値例との患者背景の違いを検討したが,肥大の程度・様式,虚血の有無,心エコー図指標など,いずれも有意差は認めなかった。また,左室流出路閉塞による壁ストレスの上昇のみがBNP高値を規定するわけでもなかった。肥大型心筋症ではなんらかの特殊なBNP産生機序が働いている可能性を示しており,今後さらなる検討が必要であろう。

 次に,形態的特異性によりBNPを個別化できるかどうかを,心収縮能障害症例において心エコー図指標をもとに検討した。X軸を「壁ストレス相当指数」,Y軸を「外来安定期のBNP」とし,遠隔期再入院群と非再入院群とに分けてそれぞれの値をみたところ,各群の指数が一直線上に乗るという興味深い結果となった(図3)。つまり外来患者の心エコー図指標から壁ストレス相当指数を計算することで,その患者の最適BNP値がわかる可能性があるといえる。

●心不全の鑑別診断としてのBNPの意義
 最後に心不全の鑑別診断としてBNPの意義について述べる。これまでに心疾患の有無の分かれ目をBNP値50pg/mLとする報告や4),心不全の診断指標をBNP値100pg/mLあるいは130pg/mLとする報告がある5,6)。実際の臨床では救急患者における心不全の有無を診断する際にBNPが使われることが多いが,BNPはANPに比して心不全超急性期での産生の遅れを指摘する実験的報告がある7)。そこで,これまで心不全症状がなく,問診上の発症から24時間以内に当科に入院したNYHA IV度の急性心筋梗塞を除く急性心不全例(20例)について,入院時BNP値を検討した。結果は,入院時BNP平均値が634±408pg/mLと十分に高く,超急性期心不全例ではBNPはまだ上がりきらないのではないかという危惧は,実際の臨床上あまり感じる必要がないとのデータであった。
●まとめ
 心不全の入院管理治療の指標として「BNP 200pg/mL以下」という数値は非常に有用である。一方,外来治療は測定間隔の問題もあり,その有用性には一定の限界が存在するかもしれない。BNP値による心不全管理においては,左室流出路狭窄,肥大型心筋症といった基礎疾患の特異性に留意する必要があり,そのためにも今後はBNP産生のメカニズムや調節機構についての検討が重要となる。

 また今後は,BNP高値時の心不全治療強化の具体的方策について方法論を確立すること,個々の疾患・病態別に目標BNP値を設定できるようにすることが課題である。

REFERENCES
1) Yoshimura M, et al. Circulation. 1993; 87: 464-469.
2) Tsutamoto T, et al. Circulation. 1997; 96: 509-516.
3) Berger R, et al. Circulation. 2002; 105: 2392-2397.
4) Nakamura M, et al. Heart. 2002; 87: 131-135.
5) Morrison LK, et al. J Am Coll Cardiol. 2002; 39: 202-209.
6) McCullough PA, et al. Circulation. 2002; 106: 416-422.
7) Rademaker MT, et al. Am J Physiol. 1996; 270(2 Pt 2): H594-H602.

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