第4回CARDIOLOGY FRONTIER 2005
C特別講演

Dr. Anand

心不全管理における神経体液性因子遮断療法は頭打ちか

Inder S. Anand 米国ミネソタ大学医学部 教授 
 

最近行われた神経体液性因子遮断療法の臨床試験が,いずれもよい成績を示さなかったのはなぜか,これまでの知見から導き出した見解を述べる。

心不全は左室リモデリングを通じて進行
 当科の典型的な心不全の症例を呈示する。患者は42歳男性,重篤な前壁心筋梗塞(MI)にて受診。危険因子は家族歴,喫煙,高脂血症。冠動脈血管造影(CAG)所見では冠動脈左前下行枝近位部に狭窄が認められる1枝病変であった。左室造影所見では心臓はすでに拡大し,MI発症から1ヵ月経過後,拡張末期容積(EDV)および収縮末期容積(ESV)が増大していた。1回拍出量(SV)は良好に維持されるも左室駆出率(LVEF)はわずかに低下,外側壁と下壁の収縮は良好であったが前壁の収縮運動は認められなかった。心エコー検査で左室重量は正常であったが,壁ストレスの指標である重量/容積比は1.1に低下していた(正常値:1.5)。つまり,MI発症からわずか1ヵ月で,壁ストレスが大きく上昇していた。
 われわれは標準治療としてaspirin,lisinopril,β遮断薬の併用療法を実施したが,この患者は服薬コンプライアンスが悪く追跡不能となった。2年後,重篤なうっ血性心不全で再入院となり,その際のCAGは2年前と変わらず1枝病変であった。しかし心臓は楕円体から大きなサッカーボール程度に肥大していた。EDVは正常の3倍,ESVは5倍。SVは維持できずLVEFは著しく低下していた。最も重要な点は心臓の形状が大きく変化したことである。僧帽弁と左室セグメント5の部分が拡大したため,重篤な僧帽弁逆流が生じていた。本症例は,血行は維持されていたにもかかわらず収縮能低下を示した典型的な左室リモデリングの症例である。
 心臓サイズが大きくなるほど,MI後の死亡率が高くなるとの報告もあり 1),心不全は左室リモデリングを通じて進行すると考えられる。Val−HeFT試験でも,4ヵ月後の心臓サイズが拡大した患者,LVEFが低下した患者では予後が悪く,心臓サイズが縮小した患者,LVEFが上昇した患者では予後が良好であった 2)

神経体液性因子のアンバランスによりリモデリングが発症
 以上より,心不全管理の目標はリモデリングの予防と改善であるといえる。これまで心不全治療に有効であるとされた薬剤は,まさにリモデリングの進行を抑制することにより,その治療効果を発揮してきたのである。
 われわれはラットのMIモデルを作製し,両心室の拡大を確認した 3)。右室壁は厚く左室壁は変化がみられないのは,壁厚が増大したのではなく心臓のセグメントが増加したためである。MIで壁が薄くなっているのはアポトーシスおよび壊死によるもので,実際,心筋細胞の長さは長くなっていた。
 心室リモデリングがどのように生じるのか,まだ解明されていない部分が多いが,ひとつの仮説が考えられる。まず心筋に障害が生じると血行動態が変化し,壁ストレスが増大する。また,壁ストレスが遺伝子発現を規定する因子であることから,心筋の伸展により遺伝子発現に異常をきたし 4),神経体液性因子や増殖因子,サイトカインが活性化され 5〜9),リモデリングが起こるという考え方である。また,血管拡張性神経体液性因子は,有糸分裂を誘発して細胞増殖を促す特性をもち,それにより左室肥大が生じ,血管平滑筋が増殖し,リモデリングが生じるというものである。
 心不全においては,ナトリウム利尿ペプチドなどの血管拡張性神経体液性因子と,ノルエピネフリンやレニン,エンドセリンなどの血管収縮性神経体液性因子が,代償性に活性化することが知られている 10)。血管収縮性神経体液性因子の活性化は血行動態を悪化させリモデリングを進行させる。一方,血管拡張性神経体液性因子はリモデリングを改善する。この両者のバランスが崩れるために,心不全が進行するのである(図1) 11)。したがって心不全を治療するうえで,このバランスを改善することが重要であり,実際に行われてきた治療である。この仮説は,レニン−アンジオテンシン−アルドステロン系,交感神経系を抑制する薬剤で実証されてきたが,エンドセリン,TNF−αを抑制する薬剤についてはまだその有用性が実証されていない。

効果が実証されている心不全治療薬
 以下に,神経体液性因子あるいはサイトカインに介入し(図2),効果が実証されてきた心不全治療薬を概説する。
ACE阻害薬
 心不全に至る過程におけるACE阻害薬の有効性が,これまでいくつかの臨床試験で証明されてきた。重症心不全を対象にしたCONSENSUS試験,SOLVD試験においては,enalaprilは死亡率を著明に低下させ 12,13),MI後の患者を対象にしたSAVE試験,AIRE試験,TRACE試験においてもACE阻害薬の有効性が認められている。SOLVD試験のサブスタディでは,EDVとESVともにenalapril群で抑制され,SAVE試験のサブスタディにおいても収縮期と拡張期の心臓サイズがcaptopril群で抑制された 14)
アルドステロン拮抗薬
 重症心不全患者を対象にしたRALES試験では,spironolactoneが全死亡をプラセボより30%低下させたために試験が早期に中止となり,spironolactoneの有効性が証明された 15)。また,標準治療を受けているMI患者にeplerenone(本邦未承認)を投与したEPHESUS試験でも死亡率が低下した 16)。さらに,spironolactoneは左室リモデリングを抑制するという報告が日米から発表されている 17,18)
β遮断薬
 β遮断薬は,CIBIS II試験,MERIT−HF試験,COPERNICUS試験においていずれもプラセボと比較して有意に全死亡を低下させた。ここで興味深いことは,ACE阻害薬は心室リモデリングを予防するが,β遮断薬は心室リモデリングを改善するということである 19,20)
AII受容体拮抗薬(ARB)
 すべてのACE阻害薬が有用というわけではない。またACE阻害薬は服用者の約30%に咳の有害事象が認められ,忍容性があまりよくない。そこでACE阻害薬に代わる薬剤として検討されたのがARBである。しかしELITE II試験とそのサブスタディはcaptoprilとlosartanを用いたが,全死亡と左室リモデリングについて両薬剤間で有意差が認められなかった 21,22)
 そこでACE阻害薬とARBを直接比較するのではなく,ACE阻害薬にARBを追加投与して検討したのがVal−HeFT試験である。Val−HeFT試験では,ACE阻害薬+ARBでブラジキニンの作用が維持され,アンジオテンシンIIの悪影響を生じさせないようにできるかどうかを検証した。最適治療を受けているNYHA II〜IV度の心不全患者をvalsartan群ないしプラセボ群に無作為に割り付けた。その結果,valsartan群で死亡率および有病率が13.3%低下し,心不全による入院も27.5%低下した 23)。また,ACE阻害薬を服用できなかった患者で死亡率および有病率が45%低下と最も高い効果が認められた 24)
 さらにわれわれがACE阻害薬,β遮断薬の投与の有無でサブグループ解析を行った結果,プラセボ群で両薬剤投与患者は,両薬剤非投与患者に比し,有意に死亡率および有病率が低下,2年間の試験期間終了時点で,死亡あるいは心不全による再入院の患者はわずか22%であった。これは年間死亡率に換算すると6%未満となる。valsartan群では,ARB単独投与患者の死亡率および有病率は28%と大幅に低下,β遮断薬+ARB投与患者では21%低下であり,プラセボ群の両薬剤投与患者とほぼ同等の結果であることから,ACE阻害薬の代替としてARBが使用できることが示唆される。ただし,これはあくまでもサブグループ解析であり,最終的な結論とはなりえない。さらに重要な点は,valsartan群で両薬剤投与患者の死亡率および有病率が25%と他よりも高く,プラセボ群と比較しても高いことである。この結果から,神経体液性因子の過剰な抑制がかえって悪影響を及ぼしたのか,それとも偶然の結果かという疑問が生じてきた。さらにリモデリングについては,valsartan群でLVEFが有意に上昇,心臓サイズは有意に低下していた。ただしACE阻害薬とβ遮断薬の両薬剤投与患者では,LVEFも心臓サイズもそれ以上は改善しなかった。すなわち,標準治療を受けている患者では逆リモデリングが起きており,そこにARBを追加してもリモデリングへのさらなる効果は認められず,そのため死亡率のさらなる低下にはつながらないことが示唆された。
 もうひとつ重要な試験がCHARM試験である。CHARM-Added試験において,candesartan群はプラセボ群より心血管系死亡および心不全悪化による入院が15%低下した 25)。これは,Val−HeFT試験と同様の結果である。さらに重要な点は,β遮断薬非服用患者の予後が服用患者よりも悪く,これがVal−HeFT試験とは逆の結果であったことである。

心不全進展の予防を目的とする治療方法
 以上より治療方法をまとめると,NYHA II〜IV度の心不全患者ではまず,患者の体液量を利尿薬でコントロールし,ACE阻害薬の投与を開始することである(図3)。ACE阻害薬を漸増し忍容性が確認されれば,β遮断薬を導入する。ここでβ遮断薬の忍容性が確認され,かつ症状がまだ消失しない場合はARBを追加する。β遮断薬に忍容性がなかった場合は,ARBを投与してACE阻害薬との2剤で治療を行う。もし最初のACE阻害薬で忍容性が認められない場合,β遮断薬とARBのどちらを先に投与するかであるが,Val−HeFT試験の結果から考えると,先にARBを投与して忍容性を確認した後,β遮断薬を投与する方法を推奨する。そして最後にNYHA IIIないしIV度の心不全で症状が取れない場合は,アルドステロン拮抗薬を追加投与する。
digoxin
 digoxin(ジギタリス)は,過去の試験においては心不全の症状,運動耐容能,左室機能を改善するという報告がある。しかし,digoxinの長期効果を検討したDIG試験では,ACE阻害薬にdigoxinを追加すると心不全入院率が低下したが死亡率には効果が認められなかった。問題は,digoxinによって誘発される不整脈である。またACE阻害薬とβ遮断薬の両方を服用している患者に対する効果についても不明である。DIG試験では,治療域といわれる血中濃度でプラセボ群よりも死亡率が25%増加し,反対に濃度の低い患者で死亡率が25%低下した。digoxinを使用する場合,低用量から投与を開始するべきであり,女性への投与は死亡率を増加させるので注意が必要である。

結果を見出せなかった心不全治療薬
血管ペプチダーゼ阻害薬
 OVERTURE試験では,標準治療を受けているNYHA II〜IV度(LVEF<30%)の心不全患者を対象に血管ペプチダーゼ阻害薬omapatrilat(本邦未承認)の効果がACE阻害薬と比較検討された。その結果,死亡ないし心不全の入院について両群間に差は認められず,6ヵ月投与後の左室容積も差が認められなかった 26)
エンドセリン拮抗薬
 エンドセリン拮抗薬についてはREACH−1試験,ENABLE試験,ENCOR試験が行われたが,結果はいずれも有意差が認められず,肝酵素レベルが上昇するという副作用が生じたため,試験は中止された(表1)。その後,肺高血圧に有効で肝酵素に影響を及ぼさない新薬darusentan(本邦未承認)が開発され,われわれは逆リモデリングを検討する試験デザインを提案し,EARTH試験と名づけて試験を実施した。
 EARTH試験はプラセボ対照二重盲検比較試験で,NYHA III〜IV度の心不全患者を対象に,5段階の用量を用いてESVをMRIで測定した。その結果,用量依存性に血圧の低下が認められ,最大用量では平均収縮期血圧がベースラインの125mmHgから8mmHgも低下した 27)。通常,心不全患者の血圧降下度は3〜4mmHgであるため,darusentanの降下度は非常に大きいといえる。ただし心拍数は低下しなかった。神経体液性因子の値はエンドセリン−1が用量依存性に上昇していたが,その他の神経体液性因子は上昇しなかった。6分間歩行試験も有意差は認められず,QOLも変化がなく,死亡率,入院率,心血管系が原因による入院率,心不全悪化率も効果が認められなかった。これらの理由としては,逆リモデリングが認められなかった点が挙げられる。
TNF−α阻害薬
 TNF−α阻害薬についてはヨーロッパでRENEWAL試験,米国でRENAISSANCE試験が行われた 28)。RENEWAL試験では死亡率ないし心不全悪化による入院率についてプラセボと差が認められず,RENAISSANCE試験でも週2回投与群,週3回投与群いずれもMRI所見上,左室ESVおよび左室重量の変化はプラセボと有意差が認められなかった(図4)

可能性のある新しい心不全治療薬
 以上の試験結果より,左室リモデリングを軽減あるいは改善させることのない神経体液性因子遮断薬やサイトカイン拮抗薬は,心不全の死亡および有病率に関して有効ではないと結論づけられるが,一方,可能性をもった治療薬も存在する。
 そのひとつがCa2+感受性増強薬levosimendan(本邦未承認)である。現在,REVIVE試験とSURVIVE試験が進行中で,おそらく急性心不全に効果が認められる強心薬になるであろう。その他,心不全患者では貧血が問題となるが,エリスロポイエチンによる貧血改善効果も興味深く,検証の必要があると考える。古くから使用されているhydralazine+isosorbideもかなり興味深い。最初に行われた臨床試験はV−HeFT I試験である。この試験では,有意差は認められなかったもののhydralazine+isosorbide群の死亡率はプラセボ群よりも36%低下した 29)。後にアフリカ系アメリカ人と非アフリカ系アメリカ人のサブグループで解析したところ,アフリカ系アメリカ人で死亡率が47%も低下していた 30)。FDAはこの結果を受けて,V−HeFT I試験は人種差を検証する最初の研究になりうるため,試験を継続すべきとの見解を出した。

心不全に対する非薬物療法
 左室リモデリングに対して外科的アプローチを試みたのがSTITCH試験である。これはNIHが実施していて5年後に結果が発表される予定である。遺伝子療法や細胞療法はまだデータがないが,関心の高い分野である。ほかにも心臓再同期療法(CRT)や,ACORNデバイスを用いた外科手術がある。
 COMPANION試験は,至適薬物療法群,至適薬物療法+CRT群,至適薬物療法+CRT+植込型除細動器(ICD)群の3群を比較した最初の死亡率比較試験である。結果は,CRTもしくはCRT+ICDにより死亡率ないし入院率に有意な低下が認められた。これは治療により心臓のサイズが小さくなりLVEFが上昇したことによる。
 心臓にサポーターを巻いて心臓を物理的に小さくしようと考案されたのがACORNデバイスである。実際,ACORNデバイスを装着した患者は心臓のサイズが小さくなることが報告されている。これが死亡率の低下に結びつくかどうかは今のところ不明である。

まとめ
 ACE阻害薬,β遮断薬,アルドステロン拮抗薬は左室リモデリングを予防および改善し,その結果,死亡率を低下させる。心不全において死亡率を改善する薬物やデバイスは左室リモデリングに作用する。したがって左室リモデリングは心不全の予防と治療において,重要な治療ターゲットとなるべきである。しかしこのパラダイムをTNF−αなど他のサイトカインや神経体液性因子にあてはめた場合,有害であるという報告はあるが,さらに高い効果があるとはまだ実証されていない。
 はたして神経体液性因子遮断療法は頭打ちになったのか。これまでの大規模臨床試験のほとんどはACE阻害薬,β遮断薬,アルドステロン拮抗薬による治療がベースとなり,すでにその時点で死亡率や有病率が低くなっている。したがって,そこへ新薬を追加してもその有効性を検証することが次第に難しくなってきている。エンドセリン拮抗薬はすばらしい薬剤であるが,従来治療をふまえて検証すると,なんら有効性を示さなくなる。年間死亡率が5〜6%という低リスク患者群ではなく,10〜15%という高リスク患者群で試験を行えば,違った結論が得られるかもしれない。またACE阻害薬やβ遮断薬を服用できない患者で検討すれば,効果が得られるのかもしれない。しかし,神経体液性因子をあまり強く遮断すると悪影響が生じることを示す報告もある。つまり,身体の生理的応答はすべて有害なものというわけではなく,すべてを遮断する必要はないことをこれらの知見は示している。言うまでもなく,心不全の死亡率をさらに改善する必要があるが,そのためには新しいパラダイムが必要になるであろう。

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