PDEV阻害薬を心不全の臨床に応用する 東大阪市立総合病院循環器科第一部長 木島祥行
ミルリノンの投与法については添付文書をご参照ください
PDEIII阻害薬の特徴とその効果

●「交通渋滞(うっ血)」を速やかに解除

 急性重症心不全治療薬の1つ,PDE(ホスホジエステラーゼ)III阻害薬には,congestion(うっ血)の改善作用など,種々の効果が報告されている。

 うっ血性心不全は,浮腫,呼吸困難,チアノーゼなどを特徴とする症候群であり,心筋梗塞,弁膜症,心筋症,重症高血圧などの基礎疾患によって,全身血管の血液循環が低下している状態をさす。英語圏で「交通渋滞」を示す標識も“congestion”である。うっ血とは,道路が車で溢れた,つまり心臓,肺,肝臓などに許容量を超えた血液が流入した状況である。この病態に対し,高速道路の車線を増やして渋滞を緩和するように,「PDEIII阻害薬」は心筋収縮能を増強させ,かつ末梢系の平滑筋を弛緩させることで,うっ血を速やかに解除する“congestion reliever”として作用すると考えられる(図1−1)。

図1−1 PDEIII阻害薬の特徴と適応

図1-1

●β受容体を介さずcAMPを増加させる

 PDEは,心筋,血管平滑筋,血小板,肺,肝臓などの全身の組織に広く分布する酵素である。同一酵素として,PDE I−PDE Xが報告されている。

 心筋のSR(筋小胞体)膜近傍に存在するPDEIIIは,cAMP(環状アデノシン一リン酸)から5'−AMPへの分解を促進している。PDEIII阻害薬は,PDEIIIの酵素活性を選択的に阻害して5'−AMPへの分解を抑制し,細胞内cAMPレベルを上昇させる(図1−2)。

 cAMP濃度を上げる薬剤としては,カテコラミン製剤もしばしば使用されている。このβアドレナリン受容体刺激薬との主な違いは,PDEIII阻害薬がβ受容体を介さずに作用する点である。心不全が慢性化したり,CPB(人工心肺/体外循環)を施行したりする患者では,β受容体のdown regulation(密度の減少や反応性の低下)が起こりやすいことが知られている。このように,β受容体を介する種々の情報伝達が円滑に行われなくなった重症心不全に対しても,PDEIII阻害薬は効果を発揮するのである。

図1−2 PDEIII阻害薬の心筋での筋収縮作用

図1-2

●心筋収縮能を増強させ,血管平滑筋を弛緩させる

 PDEIII阻害薬の主な薬理作用は,強心作用と血管拡張作用である。これらを合わせ持つことから,“inodilator”と呼ばれている。心筋細胞に対しては,positive inotropism(陽性変力作用),つまり心筋収縮能の増強作用を,また血管平滑筋に対しては拡張作用を有する(図1−3)。心不全の状態では,これらの作用によって前負荷と後負荷をともに軽減する。高速道路でいえば,車線を2倍に増やして渋滞を解消するのである。

 心筋と血管平滑筋の細胞内でcAMPを増大させるPDEIII阻害薬であるが,心筋では収縮力を増強させるのに対し,血管平滑筋では逆に弛緩させる点も特徴の1つである(図1−1)。PDEIII阻害薬に特有のこのような作用機序について,主に筋の収縮と弛緩に関与する「Ca動態」の観点から考察した。

図1−3 PDEIII阻害薬の血管平滑筋での筋弛緩作用

図1-3
PDEIII阻害薬の心筋・平滑筋への作用

●Ca動態からみた心筋収縮機序

 骨格筋,心筋,平滑筋では,基本的に組織構造が異なるほか,同じ骨格筋でも速筋と遅筋がある。細胞のCa動態については,Ca遊離チャネルや受容体など,Ca2+産生にかかわる分子機構も,心筋と平滑筋では異なっている(図1−4)。

 心筋には筋線維があり,細胞内に筋原線維やSR(筋小胞体)を含む。筋原線維はアクチン線維とミオシン線維から成り,アクチン線維にはアクチンの重合体がトロポミオシンと合わさった線維に加え,トロポニンが存在する。トロポニンはトロポニンT(トロポミオシンとの結合部),トロポニンC(Ca2+との結合部),トロポニンI(ミオシンATP分解酵素抑制部)から成る。ミオシン線維はミオシンの重合体である。

 心筋は縞状の心筋細胞から成り(横紋筋),この細胞は収縮装置として機能している。筋の収縮蛋白(筋原線維)内のCa2+濃度が一定レベル以上になるとATPのエネルギーが使われてミオシン頭部がアクチンと結合し,一方向へ回転して心筋収縮が起こる(sliding theory:すべり説)。

 Ca2+濃度と活動電位のこの関係はEC coupling(興奮−収縮連関)と呼ばれる。

 「Ca貯蔵庫」のSRがCa2+を取り込むと心筋は弛緩し,Ca2+を放出すると収縮する。心筋収縮の際,SRから細胞質内へのCa2+放出は,リアノジン受容体(Ca2+放出チャネル)を介して行われる。この過程はCICR(Ca2+−induced Ca2+ release:Ca誘発性Ca放出)機構と呼ばれる(図1−21−4)。

 一方,血管平滑筋細胞のCa2+放出機構には,CICRに加え,IP3(イノシトール1, 4, 5−三リン酸)によるIICR(IP3−induced Ca2+release)が重要と考えられる(図1−31−4)。

図1─4 骨格筋,心筋,平滑筋の構造と分子機構

図1-4

●心筋収縮の鍵はSR膜近傍のPDEIII阻害とPL活性

 心筋では,PDEIII阻害薬はSR膜近傍のPDEIIIを阻害することで,cAMPの分解を抑制し,細胞内cAMP濃度を上昇させる。cAMPは蛋白リン酸化酵素PKA(プロテインキナーゼA)を活性化させる。PKAには主に3つの作用がある(図1−2)。

 まず,SRの膜蛋白PL(ホスホランバン)をリン酸化し,Ca2+イオンのSR内への取り込みを促進するため,SR内に大量のCaが貯蔵される。

 次に,細胞膜上のCaチャネルをリン酸化して細胞内へのCa2+流入を増やし,SR膜上のCICRを作動させるためにCa2+遊離がより進む。その結果,SRからの大量のCa2+が筋原線維に作用する。

 さらに,PKAは筋原線維上のトロポニンIをリン酸化するとの報告があり,ミオシン線維のCa2+感受性を低下させる。PDEIII阻害薬を投与すると,SR近傍のcAMP濃度が上がり,かつ近くのPLもリン酸化されるため,SRは大量のCaを蓄える。大量のCaは「次の拍動」が刺激となって放出され,その結果,心筋細胞の収縮が誘発されるのである。臨床的には,この現象が陽性変力作用につながると考えられている。

●血管平滑筋ではPDEIII阻害が「弛緩」へ

 血管平滑筋でも心筋と同様にcAMP産生が起こるが,血管平滑筋のCa動態には心筋と異なる機構がある(図1−3)。筋細胞膜上の受容体のうちα1受容体を刺激すると,cAMPではなくIP3が産生されるため,SR膜上にIP3受容体を持つ血管平滑筋では,IP3がIICR(Ca2+放出)機構に重要な役割を果たしている。

 つまり,phasic(拍動的な)心筋細胞では収縮と弛緩が繰り返されるが,static(静的な)平滑筋細胞は「Ca2+の大量放出」を起こさず,SRのCa貯蔵量は増える一方で,平滑筋は弛緩したままとなる。

 心筋も平滑筋も筋線維に収縮性物質アクトミオシン(アクチンとミオシンの蛋白複合体)を含むが,平滑筋ではミオシン軽鎖をリン酸化して収縮させるMLCK(ミオシン軽鎖キナーゼ:カルモジュリン依存性酵素)の反応が「cAMP依存性」に起こる。

 PKAはその際,(1)IP3受容体をリン酸化してIICRを抑制し,(2)PLをリン酸化してSR内へのCa2+取込みを促進し,(3)MLCKをリン酸化し,カルモジュリンのMLCK親和性を低下させ,収縮抑制へ作動する。これらの作用により,「弛緩」だけが起こると考えられる。

 PDEIII阻害薬ミルリノンはPDEIIIを阻害して細胞内cAMP濃度を上げるが,血管平滑筋ではPKAを活性化すると収縮反応が抑制されるのはそのためである。
PDEIII阻害薬ミルリノンの投与法  <まとめ>

●PDEIII阻害薬ミルリノンの特徴

 β受容体を介さず,強心作用と血管拡張作用を発現する。カテコラミン製剤抵抗性症例やβ受容体のdown regulationが予想される重症心不全の治療に当たって,有効性が期待されている。このような作用機序から,HR(心拍数)の上昇が抑えられ,心筋酸素消費量をほとんど変化させないなど,臨床的な有用性についても,多数の報告がなされている。

●当施設でのミルリノン投与法 表1−1

 急性肺水腫など,うっ血を即改善したい場合には,初期負荷が有効である。ただし,血圧低下などの副作用には十分に注意する必要があり,最近では持続投与のみで効果の得られる例も増えている。

表1−1 ミルリノンの投与の実際

ミルリノン30mL(3A)+生理食塩水20mL
体重
(kg)
初期負荷
(5 0μg/kg)
持続点滴静注投与
(0.5 μg/kg/min)
 40  3.3 mL/10 min +  2.0 mL/hr 
 50  4.2 mL/10 min +  2.5 mL/hr 
60  5.0 mL/10 min +  3.0 mL/hr 
70 5.8 mL/10 min  +  3.5 mL/hr 
 80 6.7 mL/10 min  +  4.0 mL/hr 

※10分間に何mL注入するかを示す(症例によっては省略することもある)
(東大阪市立総合病院循環器科)

▲「急性心不全治療におけるPDEIII阻害薬 ミルリノンの臨床使用の実際
−中之島心不全カンファレンスからの報告(2)」
TOPへ戻る▲
back 中之島心不全カンファレンスの概要 重症例におけるミルリノンの意義 next


TOPページに戻る 学会コンテンツへ戻る